2012年9月28日金曜日

クリスティアン・ライテラー…シルヒャー&シルヒャー・ゼクトの立役者 その2

さあ、シルヒャーのテイスティングです。

最初はシルヒャー・クラシック(或いはクラシーク)2011。木イチゴ、カシスなどコンパクトでクールなシルヒャー独特の香り。ヴィンテージ柄、比較的優しい酸…とは言っても、他のワインにはない凛々しい酸。
朝シャン用にはシャンパーニュなんかより絶対シルヒャー・クラシックの方が覚醒効果は高い、と、プリンセスは思います。

続いてワイナリーの前に広がるLambergランベアク畑の2011年。
土壌は典型的なシストや片麻岩。クラシックをスケールアップしたような味わい。果実味もミネラルもより深さと力強さの増す分、酸はクラシーク程前面に出ず、ワインとしてのバランスがより高くなる。ワイン単体としても十分な個性がある。



以上、ランベアクLamberg畑
そしてお次は隣町DeutschlandsbergドイチュランズベアクのRiemerbergリーマーベアク畑の2011年。非常にキメの細かい砂&石灰の多いローム上の土の下はこの辺共通のシスト&片麻岩。
このワインの印象が3年半までの前回訪問時と一番異なった。08年のラーゲンヴァインの中では古木のエンゲルヴァインガルテンが光っていたが、2011年に関しては、このリーマーベアクの豊かな、他と少し個性の異なる、より透明感と磨きのかかった華やかな果実香味がなかなか魅力的。やはり暖かい年は原成岩(熱さ&エネルギーを与える)より石灰岩土壌(クールさと余韻の伸びを与える)のワインの方が利するところ大なのか?




以上Riemerbergリーマーベアク畑
そして最後に控えしはエンゲルヴァインガーテン アルテ・レーベンEngelweingarten Alte Reben 2011年。果実風味の傾向としては(そして土壌も)ランベアクに近い。けれどさすがは40年以上の古木。果実味は滋味に溢れ、静謐な深みがある。シュトローマイヤーのブラウアー・ヴィルトバッハー ロゼ(このヒトはMLFをするのでシルヒャーとは呼ばない)などと並び、ファイン・ワインとしてのシルヒャーの可能性を示唆するワイン。


以上Engelweingartenエンゲルヴァインガーテン畑
プレスと発酵タンク。なんと屋外に!
収穫風景。ただし画像は全てライテラーのサイトより。
訪問当日は購買ブドウの搬入でテンヤワンヤ。
邪魔になってはいけないので、
とてもこんなノドカな写真は撮れませんでした。
今、アテンドやら取材やらの最中に家に帰って、チョロっとこれを書いてます。1時間後にはヒルシュを訪ねるので、ああ、もう時間切れ。
超特急インタヴューとあるワインのテイスティングから印象づけられた、ライテラーの未来についてのお話は、また次回にでも。

2012年9月24日月曜日

冷涼ワイン原理主義者必飲、シルヒャーの魅力

ところで、Schilcherシルヒャーって普通のワイン飲みの間でどれくらい知られているんでしょう? おそらくマイナー中のマイナー・ワインなのではないか、と : )

なので、ワインオタク以外の読者の皆さんのために、簡単に解説しておきます。
オーストリア、Weststeiermarkヴェストシュタイヤーマーク(西シュタイヤーマーク)の、Blauer Wildbacherブラウアー・ヴィルトバッハーというブドウから造られたロゼワインのことをそう呼びます。プリンセス的には世界一酸っぱいロゼ。或いは、「酸っぱい」が美味しいそうでなければ、「世界一酸とミネラルの凛々しいロゼ、とでも申しましょうか。
ブラウアー・ヴィルトバッハー。野生に近い起源の古いブドウ
クラシーク、或いはクラシック・タイプ、いわゆるスキっと爽やかな辛口から、畑ごとのミネラルや香味の違いが楽しめるラーゲン(単一畑)ヴァイン、はたまた軽快なフリッツァンテや本格ゼクトなどの泡もの、そして中口のシュペートレーゼから極甘TBAまで、このブドウから実に幅広いタイプ&スタイルのロゼワインが造られます。それら全てがシルヒャーです。

おそらくオーストリアでも、シルヒャーがブラウアー・ヴィルトバッハーというブドウから造られていることを知っているのはプロやワイン愛好家だけで、通常シルヒャーと言えば、ヴェストシュタイヤーマークのブッシェンシャンク(宿付酒場)で、シノゴノ言わずに喉を潤す自家製ワインを指します。宿泊客はそこで出されたワインをほぼ自動的に飲むわけですから、あまり質が顧みられなかったのも事実。ですから、お隣スュドシュタイヤーマークあたりのグルメの中には、あからさまに「シルヒャーなんてプロの相手にするもんじゃない」という態度を見せる人も多い。
ちょうどウィーンや近郊のホイリゲで出されるGemischter Satzゲミュシュター・サッツが、長く安酒の代名詞に成り下がっていたのと、パラレルな現象です。

さて、21世紀に入ってゲミシュター・サッツがちょっとしたルネッサンスを興しているのと同様、このシルヒャーもReitererライテラーStrohmeierシュトローマイヤー等、ブッシェンシャンクを持たないワイン専業の生産者がポツポツと現れ、シルヒャーが本来持つポテンシャルを十全に発揮した魅力溢れるワインが出揃うようになってきました。すると、地元でよりむしろウィーンや国外のワイン愛好家が偏見のない目でそうしたワインを高く評価し、少しずつ再評価の動きが全国的に広がっているところです。

ところで、製法の話もちょとだけするなら、シルヒャーのピンク色は決して淡くないので、アルコール発酵が始まってからの短期の果皮マセラシオンであの色を出していると想像しがちですが、
ふ ふ ふ 
ブラウアー(blueの)・ヴィルト(wild)バッハーのブルーの色素は、その名の通りワイルドな位に強烈! あの結構濃いピンク色は、アルコール発酵前のスキン・コンタクトで得られるものなのです。
見よ、この黒々としたいかにも厚そうな皮!
そして味わいは、と言えば、間違ってもジャミーに傾くことのない、クールでコンパクト&タイトなラズベリー香味が、シストや片麻岩由来の弾けるようなミネラルと、ブドウ本来の目の覚めるような酸で際立つ! これこそがシルヒャーの魅力です。
酸フェチのあなた、ミネラルオタクのあなた、正調冷涼ワインフリークを自認するあなた、そうであなたのためのワインです : )! ん? オタク以外の読者のための解説だったはずが…

もとい。気を取り直して : )
ワイン単体では「この酸はちょっと辛い」と思う人がいても不思議ではありませんが、そういう方には、是非塩気と脂の多い料理を食べた後にシルヒャーを飲んでみていただきたい
 
やや過剰な酸と固いミネラルが、いい具合に塩気と脂分と溶け合った時、病みつきになる旨味が生まれるのです。酸フェチ、ミネラルおたくの旗頭であるプリンセスをしてなお、やはりシルヒャーは、少なくともクラシック・タイプは(ドサージュのある泡やラーゲンヴァイン、マロをしたシルヒャーはまた別ですが)お料理と一緒に楽しんでナンボのワインだと思います。それも手のかかってない素材命のやつね(上下の写真参照:ブッシャンシャンクのコールドミート中心メニュー。こちらでJauseヤウゼと呼びます。日本の塩のちょっとキツメの田舎料理や居酒屋メニュー、中華なんかにもピッタリの品が多いはず)。
ところでプリンセス、明日からウィーンとドナウ周辺産地をあちこち取材やらアテンドやらで飛び回る予定。まだその準備もできていませんので、シルヒャー・テイスティングと超特急インタヴューの様子は、また電車の中ででも書くこととします。ちょっと待っていて下さいね!

※尚今日のブログの映像は全て公開画像を利用しています。悪しからず。

2012年9月23日日曜日

シルヒャー&シルヒャー・ゼクトの立役者、クリスティアン・ライテラー その1

9月14日(金)、そうそうお誕生日ディナーの前に、プリンセスはシルヒャーの王者クリスティアン・ライテラーを遥々ヴェストシュタイヤーマークまで訪ねてきました。
とっても愛らしいWies/Eibiswald駅
グラーツからローカル線に乗り換えて1時間あまりのWies/Eisenbergは南北に走るコアアルペ山脈も近い田舎町。駅を降りると、中学生くらいの男の子に「こにちは」と声をかえられ、「こんにちは」と返すと、周囲から歓声が…。もしかしてナマ日本人は初めてかしらん?

無事マーケティング担当のサンドラと駅前で落ち合えたのはいいのですが、車に乗り込むやいなや「生憎今日からオストシュタイヤーマークの白ブドウの収穫が始まってしまったので、ライテラーさんはブドウの搬入で大忙し。作業の合間に30分だけは時間を取ると言っているから、それで許してね」…と告げられてしまいました。

プリンセス、こちらに来て初めてよくわかったのですが、ワイナリー当主の忙しさというのは、ワイナリーの大きさとはあまり関係がありません。社長の忙しさが会社の大きさにあまり関係ないのと一緒です。あまり大きくなくても当主はあくまでも当主で、ワイナリー内ではデンと構えて、収穫中も作業はケラーマイスターに任せる場合もあれば、このライテラー氏のように、今や自社畑50ha、購入ブドウ20ha分の規模になっても、その醸造作業のほとんどを自らの手で行うところもあります。

で、後者の場合、収穫期にワイナリーを訪れるのはほとんど犯罪に近い。…と、わかっていて訪問を強行したのはプリンセスの責任…というか、なんだか間が悪いというか、申し訳ないというか、そんな気持ちでワイナリーに到着。外は雨模様で、あまり見栄えのいい畑の写真も撮れそうにありません。うーん、ちょっと凹む
16世紀に建てられたライテラー家代々の家屋。ワイナリーはこの向かいに。
そこへ待っていたのは3年半前の取材時にライテラー氏とともに私を迎えてくれたアナベラと2匹の犬達。
テリア好きなもので、もう一匹を撮り忘れました。
そうそう、ここを訪れたのは3年半前、4月の始め。
春のシャキっとしたの日差しの中、雪を戴くコアアルペ山脈を望みつつ、最初にウェルカムドリンクとして戸外で出されたフリッツァンテの爽やかさをプリンセスは忘れることができません。

今日はテイスティングルームの中で、最初の一杯にそのフリッツァンテ2011年をいただきます。きれいなピンク色で清々しい風味の軽快な泡が、少し沈んでいたプリンセスの気分を、スパっと明るく切り替えてくれました

コアアルペの雪を思わせるクールな香り。口に含むと木苺のフレッシュな果実味が、シルヒャー独特の目の覚めるような酸と弾けるミネラルによって際立ちます。チャーミングなのに凛々しい…初めて口にしたときに、すぐにこのフリッツァンテのファンになってしまったことを、昨日のことのようにマザマザと思い出しました。
ふたクチ目を味わいつつ、「ああ、このワイン、お花見に持って行きたい」「ピクニックのサンドイッチにも」「戸外のカフェでランチに」…と、続々と陽気なシーンが浮かんでは消え、また浮かぶのに自分でビックリしたことも…紅茶浸しのマドレーヌ並みにプリンセスの記憶を心地良く刺激してくれました。

2種目はシルヒャー・ゼクト2011年。よりコクが出るし、ドサージュも多め。うーん、でも価格がフリッツァンテより上がる分、ベースワインそのモノのグレードが上がってるかと言うと…そうでもないガス圧こそ高いけれど泡そのもののキメが特に細かい訳でもなく…聞けば、ベース果汁はフリッツァンテと同じで、瓶内二次発酵ではなくタンク発酵だと言うから、まあ当然か。

3種目は南チロルSüdtirolのゼクトの名手、セップ・ライテラー氏とのコラボによる、こちらは瓶内二次発酵で24か月間澱と触れさせた本格ゼクト"R & R Brut 2009"。ベースワインはシルヒャー半分にピノ・ノワールとピノ・ブランが更に半々。色も淡いオニオンスキンで、香りに熟成感と複雑さ、シルヒャーとは異なるピノ系のイチゴ風味があり、口に含むと品の良い酵母っぽさが。シルヒャーゼクトの爽快感(悪く言えばやや青っぽい感じ)も一切なく、泡も遥かに滑らかでスルーッと喉に液体が流れ込む感じ。ここまで来るとグレード的にやはり別物

泡3種を飲む限り、ゼクトはイマイチ価格とグレードの関係に説得力が足りず、R & Rはもちろん格段上質な味わいながら、シルヒャーの個性が薄れる分、プリンセスにとっては「らしさ」に欠けるだけむしろ魅力半減

…ということで、このワイナリーはやっぱり、泡はフリッツァンテの魅力が突出していることを再確認。
因みにこのフリッツァンテも冬前には日本上陸の予定。気軽な泡なので、クリスマスや年末年始のサブ泡として、休日のランチや戸外でのブランチ、ピクニック、お花見等々色々なシーンに溶け込むのが今から想像できて楽しみです。

さて、次回はシルヒャーと白、そして赤のテイスティングと超特急インタビューの様子をお送りする予定です。

2012年9月19日水曜日

ドルリ・ムア, “ストーリーテラー・オヴ・ワイン” その3 逆説的ワイン造り

さて、随分間を置いてしまいましたが、ドルリ訪問記最終回です。
「オデブのドルリは削除して」と私の撮った写真に本人からクレームが :)
「じゃ、代わりを送って」と返信したら、送ってきた写真がこれ。
アンフォラ到着で興奮した後、ドルリと新ワインメーカーのカティとともに、収穫間近の畑をざざっと見て回りました。彼女の所有畑、そしてリース畑の全てが広義のシュピッツァーベアク(シュピッツァー・ベアクの丘の周辺)に存在します。

最初に見たのは小石の多い土壌の完全な平地にある借地畑で、GV、リースリングに数列マスカットが入り込む面妖な植え方。色々な区画からブドウをつまみ食いしては熟度と味わいを確認していきます。うーん、一応甘さはあるけど、なんだかのっぺりとどうでもいい味わい。それをドルリは「ストーリーがない」と評しました。もっと待って風味の成熟を待つべきか、この暑さの中、むしろ酸の低下の方を心配すべきか、ちょっとドルリも迷っているよう。

続いて同じ平地ですが、もう少し砂がちな土壌のやはり借地畑のグリューナーをつまみます。ああ、こちらの方が立体感のある味わい! 糖も酸も高いのでは? …とドルリと話していたら、やはり計測結果はその通り。ここはもう2,3日で収穫すべきと判断したようです。

ところで、我々の見て回ったドルリの白品種の借地畑は、プリンセスの目にも明らかに除草剤を使っていました(その場でドルリにも確認済み)。こういうワールドクラスを目指す生産者が、しかもヴァッハウのような特殊な立地条件でもないのに、数ある農薬の中でも最も生態系に重篤な影響を及ぼすと言われる除草剤を使うというのは、プリンセスのご近所(=カンプタール)においては非常に稀なこと。しかも新ワインメーカーがビオディナロジックのグル、アンドリュー・ロランド夫人ですから、プリンセスの頭の中で益々不協和音が増長されます。

はは、こんなこと書いたらドルリに怒られちゃうでしょうかね?
でもわざわざ書いているのは、そこにもっと見るべきものがあったからです。

彼女の畑は、今年プリンセスの見たどの畑より律儀にグリーンハーヴェストがなされていました誘引や除葉も実に完璧です。
なのでプリンセス、その辺りの真意をドルリに質してみました。

思えばドルリは、最初にワイナリーを訪ねた2009年以来ずっと「まだビオロジックでもビオディナミでもない」という言い方をしています。「私は畑作業を他人に任せなければならないのだから、作業をする労働者の同意・共感が得られないと何もできない無農薬にしても、ブドウを低く仕立てることにしても、そう簡単には無理。時間が必要。」なのだそう。

「ふうん、作業者の同意かぁ。かつてヴィリー・ブリュンドゥルマイヤーもビオディナミを結局採用しなかった理由として同じことを言っていたっけ」と思い返していると、主要畑のブドウチェックを終えた車中、ドルリがその『作業者』の親分であるハンスに電話をしています。
15分以上「あそこの区画のグリューナーはこんな糖度でこんな味わいで、どこそこの区画のシャルドネは今すぐにでも摘みたくて、ブラウフレンキッシュのどこそこはあと少しだけれど、斜面の上部はあと10日から2週間…」といった具合に詳細に状況を説明し、ハンスの意見を聞くだけでなく、収穫前にハンティングを楽しむハンスに対し「今日は何を獲ったか、夕食に食べるのか…」そんな話から、プリンセスの語学力では理解不能のジョークで大笑いまで、実に親密な雰囲気で会話が弾んでいます。

丁度いいので電話の直後に尋ねてみました。

プリンセス:ハンスってものすごくコンサバで、だから農法もコンヴェンショナルじゃなくちゃダメとか?
ドルリ:うーん、彼は全く違う世界の人間なのよ。老農夫だから。一見ガサツだし、話すと最初は怖いと思うかも知れないけれど、とても神経が細くて、いつもやっていることを褒めてあげなくては不安なヒトなの。彼の畑仕事は完璧だし、それをちゃんとクチに出して言ってあげないと、何か畑仕事に不備があったのかと心配するの。だから、彼が育ててくれたブドウから造ったワインが、世界的にどれだけ素晴らしい評価を得たか、ちゃんと説明してあげるのね。それはそれは誇りに思ってくれるのよ。色々なワインも一緒に飲んで、テイストもちゃんと向上して来たは。最初はとにかく果実味も濃くて、新樽もタンニンも強ければ強いほどいいと思っていたみたいだけれど、今ではウヴェ・シーファーのようなエレガンドなワインを好むようになったし。
なるほど。綺麗に草を刈って(除草剤を撒いてでも)、ブドウに十分光を与えつつ、強い日差しからは守るようなリーフワークを丹念に行い、必要以上の数のブドウの房は律儀に落として(この辺もおそらく大層な時間をかけて、教育したんでしょうね)こそ完璧な畑仕事…と考える頑固な老農夫に、生態系かどうの、神智学がどうの、宇宙エネルギーがどうの、と言っても話が噛み合うはずもありませんドルリは彼の農夫としての誇りを頭から否定するようなことをするのを憚っているのだ、ということが初めてプリンセスにも理解できました。それにしても、細やかな心遣いです。

そう言えばワイナリーに向かう車中、ドルリはワイン生産者の、特にワインメイキングだけでなく、ブドウ栽培者も含めたサステイナビリティーの問題について語っていました。カルヌゥントゥムではもっとブドウが高く売れなくてはまともなブドウは作れない。まともなブドウができなかったら、地方としていいワインを造り続けられるはずはない、と。
つまりドルリは、そんな状況下、今彼女が負担できるコストで望み得る最高の畑仕事の方を、無農薬やビオディナミというポリシーや教義よりも優先させたということです。一挙に高コストのブドウ栽培をし、ワイン自体の質に見合わない高い値段でワインを売らねばならない状況に身を置くのではなく、コストを抑えた中でできるだけ質の良いワインを造ることで市場での基盤を作り、ワインの価格や収益が質に追いついたところで、哲学の実践を少しずつ目指そう、という姿勢です。そこには、農法と畑での実作業のどちらがどのようにワインの味わいや質に影響するか、また農法と品質のどちらが市場で力を持つのかについての経営者としての冷徹な読みが存在します。

ああ、真の意味でのタフで実践的天才的マーケター、とプリンセスはため息をつきました。
これがシュピツァーベアク。カラッカラな感じがわかりますよね。
土壌は石灰。ただしアルプス山脈ではなく、カルパチア山脈由来。
彼女がワイン専門PR会社社長として大成功を収めつつ、自分のワインまで話題にしてしまうことに対するやっかみか、彼女のワインについて「宣伝上手だから高く評価される。売れる」と、見下したような発言を憚らない生産者を私は知っています。そういう生産者に限って、また一方で、ビオディナミの生産者のことも「ビオはマーケティング」と、一刀両断に切り捨てるのです。

どちらも元マーケティング・プランナーのプリンセスに火をつける発言だぁ!

本当のマーケティングとはおそらく、マーケットにおいて自己の哲学を貫くための道筋をつける(=ストーリーをつむぐ)ことです。大金を投じてちゃらちゃらイベントを打ったり、おべんちゃらセールストークを並べ立てることとは違うのです。
「悔しかったらドルリのような筋の通ったマーケティングと、その品質で他人を納得させるワイン造りをあなたもしてごらんなさい。」と、そしてまた「ビオがそんなにお手軽なマーケティングなら、あなたも実践したらいかがですか?」と、プリンセスはそういう生産者には言ってやりたい!!!
種が透けて見えるのは成熟のサイン
…おっと、話が脱線してしまいました。

もちろん、ドルリの持ち畑である、正真正銘シュピッツァーベアクの丘の畑も見て回りました。誤解なきよう書いておきますが、純粋なシュピツァーベアク畑には植樹の時点から一切農薬を使っていない実験区画(ここでは自根と台木使用の比較もされている)が存在するばかりでなく、他のシュピッツアーベアクの自社畑においても、、借地畑のようないかにもな農薬使用の痕跡は認められず、ブドウの味わいにも無農薬区画との有意差は認められませんでした。

シャルドネは既に見事に熟し、メルロ―は早い話「僕はここじゃないよー」っていう味わい。ワインも彼女の造る赤の中では一番しっくり来ない…と思っていたら、既にメルロは、キュヴェとポート・タイプのワインに回す方針だそう。
メルロ。下のブラウフレンキッシュと比べると、不適応が歴然 
それにしてもシュピッツァーベアクって、遠目にも、実際に足を踏み入れても、エラク土が乾燥しています。ドルリ曰くオーストリアのワイン畑の中でも最も乾燥した場所、だそう(通常でも400-450ミリ程度。この一年は350mにも満たないとか)にもかかわらず、灌漑はなし。例の樹齢5年の無農薬実験区画の畑にすら灌漑設備は見当たりません。「その降水量で、しかも若木でも灌漑はしないの?」と尋ねると、ドルリはニタっと笑って「ニーポートのディルクが灌漑したら、それってジョークにならないでしょ」と答えました。※本当は貧しいこの辺りではその設備すら用意できない、というのが真相でしょうが。
ブラウフレンキッシュはこの時点でまだまだ未熟。
収穫は10日から2週間後と予測。それでも味わいの力強さと複雑さはメルロとは比較になりません。
そして樹齢の高いブラウフレンキッシュの畑に差し掛かると、ドルリはこう語りました。「知識も経験もない私のワインが結構高い評価を受けたのは、私には会社もあって、始めた頃はポルトガルに住んでいて、今は娘の世話に手がかかって…、だからいつも遠隔操作しかできなくて、お蔭で要らないことにまで手が回らない、限りなくブドウ栽培も醸造も放っておけるところは放ったらかしだったことが、きっといいワインになった理由だと思うの。」
古木のブラウフレンキッシュ。
最初から実数が少ないので、グリーンハーヴェスト不要。
その一方で、さらにブドウをつまみつまみ、ドルリはこうも説明してくれます。「こういう少し萎んでいるのやレーズン状に乾いた実は、全部外すの。普通は気にしないし、却って味わいがリッチになるので好む生産者すらいるくらい。でも入れたらクールな風味にならないってことは、熱いポルトガルでエレガントなワインを造ろうと模索しているディルクから学んだのよ。ウチの収穫隊はそういうことをしっかり理解して完璧に、しかも迅速に仕事をしてくれる。」
手の影になってしまっていますが、少し萎んだブドウを外すところ。
彼女のワインのスタイルを決定するクリティカルな作業。
元夫ディルクの"熱さと乾燥の痕跡を完璧に排除し、エレガントなワインを造る”哲学と実践を深く理解した上で、それをクールネスの表現へと応用し、畑で、セラーで、マーケットで、押さえるべきところはしっかり押さえ、残りは極端な省力でブランドを確立しつつあるドルリ。

ワインメーカーとしての評価が固まっているとは言えない、アンドリュー・ロランド夫人カティの採用にも、おそらく彼女ならではの独自の鋭い読みがあるはずです。
あさってからあそこと、あそこ、10日後にあそこ。火曜は何人で収穫…
テキパキと話を詰め、車中で早速収穫クルーの手配を済ませます。
どんな展開がこの二人を待っているのか、その起点となる2012年ワインの出来が本当に楽しみ。

そして、ドルリの2009年のブラウフレンキッシュ カルヌゥントゥム(ブドウは全て自己所有のシュピッツァーベアクから)が、この秋から日本市場でもお目見えします!
ドルリの本気の詰まった逆説的ワイン造りの成果を、皆さんも是非お試し下さい。
そのコストパファーマンスの高さに、あなたは驚くことでしょう。

2012年9月18日火曜日

シュタイヤーマークお誕生日旅 その1 ディナー@シュタイラヴィルト

先日のシェーンベアガー20周年記念イベントですっかり仲良しになった、ギター・コンサートのオーガナイザーであるエルマーから、「14日は誕生日だよね。食事の美味しいシュタイヤーマークで、ワインでも一緒に飲まない?」とお誘いを受けました。

それって、もしかして百年ぶりラヴ・アフェアの予感???
…と大きな期待を寄せたのですが、残念ながら彼はガムリッツで仕事。たまたま私の誕生日の晩だけ時間が空くとのことで、プリンセスに特に誕生日祝いの予定が入っていないのなら、美味しいものはシェアしないと楽しくないから、一緒にシュタイヤーマークの食を堪能しようよ、というお誘いでした。
丁度プリンセスもヴェストシュタイヤーマークのReitererライテラーを訪ねたかったところなので、すぐにワイナリー訪問のアポを取り、誘いに乗ることにしました。

…と書くと簡単なのですが、その前の週のウィーン行きですら、あれだけハプニング満載のプリンセス。ましてや南の果てスロヴェニア国境付近まで、電車に乗っている時間だけでも6時間はかかる、という遠出…。ちゃんと行って帰って来られるのでしょうか?
グラーツ駅。
無人駅で今回はしっかり電車に乗り込み、車中の自販機で目的地Wiesまでのチケットを購入。プリンセスはVorteilscardというOBBの割引カードを持っているので片道€30を切りましたが、普通料金だと€60近くします。因みにキャンペーン料金だと電車で€70もかければミラノにもミュンヘンにもブダペストにも行けますから、まあ、それに近い長旅です。
ラウホ家製のロザリー:Isabellatraubensekt。肉屋なので豚のラベル : )
珍しいハイブリッド種からのウェルチグレープジュースのようなゼクト
サプライズ5皿コースの突出しはコーンの殻にコーンスープの入った一品
シュタイヤーマークはオーストリア東南一帯に広がる州。美味しい肉と野菜の産地、或いは温泉保養地として人気があります。ワイン産地としては東からスュドオストシュタイヤーマーク(南東:トラミーナー、SB他)、スュドシュタイヤーマーク(南:SB)、ヴェストシュタイヤーマーク(西:シルヒャー),と並んでいます。一番の都会はグラーツで、ここはオーストリアではウィーンに次ぐ大都市(…といっても圧倒的にのどかです)。
日本からシュタイヤーマークに行きたい、という場合、ウィーンに到着したその足で飛行機に乗ってしまうのも手。けれどもう少し時間のある方には、是非電車での旅をお勧めします。というのは、オーストリアのワイン産地がいかにアルプスの端っこに押し出されるようなカタチで存在しているか、を電車だとしっかり実感できるからです。
ラウホ家経営ヨハンのハム。美味しい!
キノコの旨味たっぷり
これはイノシシの生ハム。意外に上品。
隣町シュトラーデン、フラウヴァルナーの
ゼームリング88。スキッ!
生の鹿肉
…という訳でプリンセスは一日に一往復しかないOBBの誇る長距離列車Railjetに乗って、2時間半かけてウィーン・マイドリンクからグラーツを目指しました。
※レイルジェットは、車内Wifi完備、カフェ車両や車内飲食サービス(当然有料)もありながら、特急料金もない、なかなか使える列車です。
グラーツでローカル電車に乗り換え、さらに1時間以上かけてWies/ Eisbach駅へ。ここでWeingut Reitererライテラーのマーケティング担当サンドラがプリンセスをピックアップしてくれるという算段。
シュタイヤーマーク名物かぼちゃの種のオイルはかぼちゃのスープに垂らすのが常套手段。
が、これはそのオイルそのもののスープ。レモンが効いて油の重さをスパっと切ります。
グロースのヴァイスブルグンダーとの相性も抜群。
彼も将来を嘱望されるヤング・ジェネレーション・ソムリエの一人。
グロース ヴァイスブルグンダー
 そのライテラー訪問記(と言ってもこの日から収穫が始まっており、肝心のクリスティアン・ライテラー氏と話ができたのは、ほんの30分くらいでしたが)は後回しにし、今日はワイナリー訪問の後、シュタイヤーマーク指折りのレストラン”Steirawirt シュタイラヴィルト”でのバースデ・ディナーの様子をご報告します。
ホワイト・トマトジュースなどトマト・ア・ラ・カルト。リースリングを合わせたいけれど
ここはシュタイヤーマーク。何を合わせるのかと言えば…
ラックナー・ティナッハーのモリロン。
よく酸が伸びてトマトの皿に合いました
エルマーとフェルトバッハ駅で待ち合わせ、彼のヴァンでトラウツマンスドーフへ。レストランに入ると「!」、と閃くものがありました。「ここは3年半前の取材でアタフタと立ち寄って、肉の前菜をひと皿だけ食べたところだ! 自家製の生肉がハンパなく美味しかった!」…と。そうそう一緒に来たのはクリストフ・ノイマイスター。ワイナリー併設の、こちらも評判のレストラン“Sazianiサツィアーニ”が休みの日だったのでここへ来たんだった…、と芋づる式に色々なことが思い出されます。
古人参とその泡ソースがけ
ヴィンクラー・ヘルマーデンのグラウブルグンダー。
ビオ転換効果か、旨味に力があって、古人参のクセをいい感じに包みます。
はい、ディナーの様子は写真でご確認いただいている通りです。4~6皿の皿数が選べるサプライズ・コースにお勧めのワインをグラスで合わせていただきました。
ゲルノート・ハインリッヒのピノ・ノワール。もちろん上質ですが、
ここはせっかくなので、ブラウアー・ヴィルトバッハーを合わせたかった…
鴨の皿。野性味と洗練のいいバランス。
いや、素晴らしい!
まだ27歳、オーストリア国内で最も若い星付きシェフ(こちらではHaubenkoch=帽子付と表現しますが)のリヒャルト・ラウホは、我々の去り際もまだ厨房にかかりっきり。サービス・スタッフも皆若いのに料理も接客のレベルもとても高い。でありながら、そこは小さな町のレストラン。特別ドレスアップして行かなくても違和感なく溶け込めるし、コースでもアラカルトでもゆったり寛げるその気軽なおおらかさがとても嬉しい
ETアイスヴァイン(キュヴェ)
スイーツの国のデザートはさすがに美味! そして繊細!

コーヒーにこれだけついて来ます。
ラベンダー入ブラウンシュガー
シュタイヤーマークを訪ねる楽しみが、またひとつ増えたプリンセスであります。ご満悦!
客をいじるオーストリア流正統派ケルナー。
スピリッツがズラリ…壮観!
シェフ リヒャルトの姉、ソーニャ・ラウホ
肉屋のレストランは美味しい、というのはオーストリアの常識。
シュタイラヴィルトとヨハン(肉&デリカテッセン)はどちらもラウホ家の経営。 
注:このディナーは完璧割り勘でした。ああ、淡き期待も破れ去りぬ…
※ドルリ・ムア訪問記の続編もちゃんと今週中にアップ予定。お楽しみに。

以下登場ワイナリー、レストラン他のリンク。
http://www.weingut-reiterer.com/
http://www.neumeister.cc/home/front_content.php
http://www.steirawirt.at/steirawirt.html
http://www.johann.st/cms/front_content.php
http://www.johann.st/johann.html