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2012年5月19日土曜日

ハンガリー報告 その5 セプシ氏の真意は?

アーモンドのミルフィーユ、ストロベリー・サラダ、アプリコット・ソルベ、というデザートを見て、「このデザートに5プット以上のアスーは出ないな」と読んだあなた。素晴らしい洞察力です!

お食事前、ランチに誰のどのワインが出るか、なんてツユ知らないプリンセスは、能天気にも「辛口フルミント→サモロドニ→3プット→セプシの6プット→アスー・エッセンシア、もしかするとエッセンシア?」…なんて流れを想像していましたから、正直最後のワインがSzepsy Samorodni 08と知って、多少落胆しなかったと言ったら嘘になります。こういう席ではリスト外のワインが登場するのは半ば当たり前ですから、最後の最後までアスーのお出ましをどこかで期待していなかった、と言ったら、これも嘘になります。
ま、でも結論を言えば、アスー抜きのランチでした。

Szepsy Samorodni 08は、マーマレードのノーズ、枯れてこなれた上質の紅茶のような風味。余韻はそれほど長いわけではなく、意外に軽やか。何故か初老の知的女性を思わせる味わい。表面的には枯淡の趣ながら、中にしなやかなチャーミングさが隠れています。ミルフィーユのホロホロ崩れるテクスチャー、アーモンドの仄かな苦み、ストロベリーやアプリコットの軽やかな酸味と、丁度良いマッチング。
サモロドニはアスーと異なり、貴腐を果汁やベースワインでマセラシオン(これこそアスーがソーテルヌやTBAと異なる、アスーの伝統技術)はせず、通常の甘口ワイン同様、貴腐混じりのブドウを一度の発酵でワインにしたもの。

セプシ氏は語ります。
「私の理想は、d'Yquemと同じように、一年にひとつのワインしか造らないことだった」と。
実際90年代には確か6プトニョスしか造っていませんでした。St Tamasで辛口ワインを造ることにも当初は全く乗り気でなかった、と言います。
このサモロドニは、2002年にフランス人のソムリエがテイスティングした際、「Cuvee(伝統的品種のブレンド・ワイン。通常かなり力強い)と呼ぶにはフレッシュ過ぎるし、どう呼ぼう?」ということで、Cuvee II、Daniel(孫の名)など候補が上がる中、Samorodniとして世に出すことに決めたそう。再発酵が起こっており、それが却ってワインをフレッシュに保つ結果となっています。

そして彼は続けます。「かつては世界一の貴腐ワインが造りたかった。d'Yquemよりいいワイン、ScharzhofbergerのTBAよりいいワイン…。でもそれは終わった。それは過去の話だ。いいワインは世界中にある。どれが一番いい、だなんて言えない。それらは異なるだけだ。」
「素晴らしいワインは、それを造る際に関わる人々の間で、そしてワインを取り巻く自然との間の、良い関係を築かなければできない。でも、自分のワインに関わる人々や自然との間だけのいい関係で、他にとっては不利になるような関係でいいのか? いや、そんな筈はない。我々は、他を害することなく、自分達を取り巻く人と自然にとって良い方向性を見出さねばならない。」
「だから私はラベルに格付けを書けないようにした。格付なんか私にはできないよ。」
「今でも目標は高い。勿論私は神を信じている。けれど、ソーテルヌやモーゼルと戦う時期は終わった。太陽が降り注ぐところ、どこにでも素晴らしいワインがある。」
「小さな差、ほんの少しの差のためにベストを尽くして最大の手間をかけて作業をする。ほんの小さな差の蓄積が、人々の目に見えるようになったとき、それをヒトは奇蹟と呼ぶんだ。」
「私は誰も必要としない。けれどもし必要とされるなら、一緒に働こう。そうでなければ我々は先に進めないのだ。」

プリンセス、気付けば頬に涙が伝っています。
この貴腐の巨人の言葉を、そして6プトニョスの巨匠による「トカイ=非貴腐ワイン産地宣言」へ至る経緯と葛藤を、なんらかのカタチで書き残したい、と強く強く思いました。

本当のところ、セプシ氏は6プトニョスだけを造っていたかったのか、辛口宣言はトカイの未来を考えての妥協或いはマーケティング戦略に過ぎないのか、或いは心から辛口の可能性に目覚め、その先鞭をつけたいのか、わざわざ格付け制定を主導しておいて、それをラベルに表示しない真意はなんなのか…、この日の言葉からだけでは測り知れないものがあります。
今後トカイはこのボトルに詰められます。
社会主義50年を跨いだ、トカイにおけるワイン造りの生き証人の重い言葉を、モノ書きの端くれとして記録する義務がある…そう思ったプリンセスは、ランチの後、セプシ氏にロング・インタビューを申込みました。驚いたことに、小友美さんに連れられ私が短時間訪問したことを、セプシ氏はちゃんと覚えてくれていました。そして、「いつでもいい。連絡してくれ。」と言ってくれました。
ハンガリー編 the end

2012年5月17日木曜日

ハンガリー報告 その4 フルミント St.タマシュにうっとり

セプシ氏ご招待ランチは、「こんなところにこんな素敵なレストランが?」と、我が目を疑う、Gusteau Kulináris Élményműhely グストー・クリナーリス・ウンタラカンタラ。
実はプリンセス、もう5年以上前に澤辺小友美さんに駆け足でTokajをご案内いただいたことがあり、その時セプシ氏が連れて来て下さったのも、このレストランでした。あの時はトカイのスープと軽快なフォアグラ料理が印象的でした。
セプシ氏宅とレストランの間にある美しい建物。
昔は銀行で、セプシ氏が買い取った模様。
由緒を感じさせるファサードですが、お料理はなかなかクリエイティヴ。
さあ、セプシ氏感動の講義が始まります…って新しいワインが出てくると、簡単な解説をしてくれるだけなのですが、
プリンセスにとっては今までのどんな講義よりも内容の詰まった、忘れがたいレクチャーとなりました。
ポガッチャというのかな、ハンガリーでよく見るスコーンとともに出てきたのは、Szepsy Furmint 09。若木からの軽やかな辛口ワイン。
まず、09=収穫時に大雨、10=雨が多く寒い、11=こんなに乾いた年はかつてない、という3年連続普通でないヴィンテージだったことを解説。またトカイでは暑い年(09や07⇔正反対なのが10)以外マロラクティックをするのが普通であること、などとともに、「現在はトカイ全体の7割が大量生産のミディアム・スイートワインだが、今後はもっと辛口が増える。何故なら異なるテロワールが異なるスタイルの辛口ワインを生む、辛口の方がよりテロワールを反映するワインが造れるからだ」と宣言しました。
ほう、6プトニョスの巨匠もやはり今日日は辛口ですか…と、思いながら聞いていました。
ちょっとソルベのようなブルーチーズのムースの乗ったビーフ・カルパッチョ。
次のワインはSzepsy Szepsy Furmint 09。セプシが2度続いているのは間違いではなく、二つ目のSzepsyは畑名。まだ3年しか経っていないのに、微かなペトロール香があり、カリンのような硬質な黄色い果実のニュアンス。高いけれど幅のある柔らかい酸。これ、ブラインドで出されたら、プリンセスはシュナン・ブランと言っていたかも。辛口にすると6割のブドウを廃棄することになる(つまり、このワインは4割しかない健全果で造られるもの、ということです)ので、この畑の貴腐ブドウと、乾燥して縮み上がったブドウを混ぜ、発酵をアルコール8-9%で止めたワインも将来造るかも、というような話が出ました。
おお、それでも辛口が先なのね…。
ウルバンと合わせたPike Perch 川カマス?
「スロヴァキア・トカイなんか存在しない」
スロヴァキア人生徒達の真ん前でサラリと断言。
 次のUrban Furmint 08あたりからです。セプシ氏の語気がどんどん熱を帯びてきたのは。「銘醸畑がブドウ造りに使われないのは断じて許せない」と。そしてブラックな毒舌も絶好調。トカイ全体の銘醸畑の分布をざっと解説した後、「1865年には北部には全く畑がなかったんだ。だからスロヴァキア・トカイなんか存在しない」と、ピシャリ(この辺り、politically correctな人々からは顰蹙を買うでしょう)。セプシ氏はウルバン35ha中2.7haを所有。一部に1920年代に植えられた80年を超す樹齢の部分があるそうですが、「一番いい場所と悪い場所からのワイン、一番収量の低い場所と高い場所からのワイン、価格はどれも同じだからね!」と力説。「土に近い低い仕立てのコルドンで…」と言ったところで、やおら高級レストランの地ベタにかがみ込み、「1日中この姿勢でしゃがみ込んで作業をするのを想像してごらん。フルミントっていうのは、何よりも手間と知識、そして忍耐を必要とする品種なんだ。」
あまりの迫力にテイスティング・コメントを書くのも忘れるプリンセス。でも、思い起こすに円やかで腰の据わった印象を受けました。トカイ唯一のレスを含む土壌というのも頷ける味わい。なんでも08は発酵がなかなか進まず、セラーを温めたり、澱をかきまぜたりし、MLFが始まったのは5月末だそう。元々のpHがあまりに低かったので、マロによるアロマの減少が著しくなることや、揮発酸の発生の危険があり、実際4.0-4.5gと高いそうです。でも、汚い感じはありません。
これはまた、複雑な個性の辛口…。
辛口フルミントの懐の深さを見事に引き出した仔牛煮込み
そしてSzepsy Szent Tamas Furmint 08登場。カマンベールの皮やスモークのノーズ。ボーン・ドライ。フルーツが皆無…軽微なブショネ???…でした。
さて、仕切り直すと、先ほどのワインのようなノーズの曇りは全くなく、落ち着いたミネラルの背後に微かなアプリコットや青リンゴ。縦にスッと筋の通った伸びのある透明な酸。テクスチャーはミルキーなのですが、味わい自体は限りなくピュア。非常に長い余韻。岩清水の趣。かねがね辛口フルミントの高いポテンシャルに注目していたプリンセスですが、これは本当にその期待に違わぬ、硬派ドライ・フルミントの見本のようなワイン! 美しい! 土壌は石英の多いトゥーフだそう。キラリ、キリリといかにもそんな味わい。
辛口きっての銘醸畑として知られるSt Tamas畑ですが、現在ブドウの4割、ワインとしては6割が辛口。15年前、辛口は一切ありませんでした。恐らく社会主義崩壊後、かつての銘醸畑に一から植樹したのでしょう。セプシ氏は0.3haを所有しますが、固い岩の土壌故、植樹コストが気違いじみて膨大だそう。スパークリングワイン造りも試行しているようですが、何せ収量を上げると酸も下がってしまうため、低収量がモットー。するとスパークリングのベースとしてはガッツのあり過ぎるワインができてしまうということです。

ここでリストにはない、St Tamas Furmint 09まで登場。こちらは5g/lの残糖があり、MLFはなし。08よりはずっと優しい個性です。仔牛の骨髄のトロミと素晴らしい相性。
同じ畑の辛口フルミントでもヴィンテージが異なると、こんなに表情が変わるのですね。

とうとうデザートが運ばれてしまいます。アーモンドのミルフィーユ マジパン添え、ストロベリー・サラダ、アプリコット・ソルベとともに供されたエンディングのワインは??

2012年5月12日土曜日

ハンガリー報告 その1

先週授業の一環でハンガリーの一大スパークリング・メーカーであるトェルレイTörley、そしてエゲルEger、最後にトカイTokajを訪問。
ここでハンガリー・コースの授業は行われました。

Törleyは驚きの大企業。そもそもここの系列のゲストハウスみたいなところで授業が行われたし、今回のハンガリー特別クラスの主要スポンサーだったと思われます。ハンガリーワイン業界のドンですね…。ディプロマやMWの試験を受ける上では、こういうところの製造工程やらビジネスモデルやら、マーケティング戦略というのは非常に重要なのでしょうが、ワイン愛好家的にはどうも魅力に欠ける…うーん、でも、実際にやってることはシャンパーニュのグランメゾンも紙一重なんでしょうし、そしてそう考えれば逆に深堀りするのも面白いのかも知れませんが、プリンセス的には、どうもピンと来ないので、報告省略。
sparkling factoryの趣。ここでラズロとペピ・シューラーMWは
「グラン・メゾンもトランスファーはやってるだろうけど、絶対見せないよね」と内緒話をしていました: )
 あ、でもここをガイドしてくれた、ハンガリー最初のMWにおそらく今年中になるであろう製造責任者ラズロ・ラムシクスは、ハンガリーのベストセラーだという、なんともつまらない(失礼!)味わいの甘口スパークリングの品種を問われて"・Can be anything. This is not for you wine lovers, but it is business. We must sell, and it sells."と言ってのけました。
ハンガリーって、ある意味オーストリアなんかよりずっとダイナミックなワインビジネスができる可能性があるんだなぁ、と、その言葉に妙にクールに感心してしまったプリンセス…。

そしてエゲルEger。気候や土壌、地勢的に大きな可能性のある場所ですが、ここで感じたのは社会主義時代の50年という時の長さと重さです。
標高500mに達する、斜面上部の真南から軽く南南東の部分。石灰土壌でエゲル最高の区画。
斜面の上部と下部を分ける道にこのマリア像はあります。

斜面下部。より茶色の強い、重めの土になります。
押しも押されぬハンガリーが誇る赤産地のはずなのに、ナギ・エゲッドNagy Egedというエゲルの代表的サイト周辺でさえ、高樹齢の畑が半ば打ち捨てられていたり、訳のわからない仕立をされていたり…。そんな状況を反映するかの如く、出てくるワインのレベルも正直あまり高くありません。ヴィラニーやショプロンの赤の方がむしろ印象的なものが多い。ただしあの辺のワインは、レベルは高くとも重く濃く、プリンセス好みのスタイルは少ないので、実は赤産地として一番冷涼なエゲルに期待していたし、特に(エゲルに限らず)、タンニンの軽い地場品種、カダルカにプリンセス好みのワインがあるのではないか、と楽しみにしていたのですが、今回のハンガリーツアー中に出てきた限り、カダルカは「緻密なのにしなやかでエレガント」というよりは、「緩いのに固い」という、むしろプリンセスの理想とは正反対のものが多かった…。
ホスト・ワイナリーのものより、彼女のワイン(下の写真)の方が素直で良かった。
一番右のオラス・リースリングが、オーストリアとは異なる豊かな味わいを出していました。

ただし、たった1度の、しかもスポンサー付でオーガナイズされた訪問でお宝に巡り合える可能性は限りなく低いし、高標高の石灰土壌――最もポテンシャルの高い畑、であればある程、民主化後に起こったワイナリーの創設の、そのまた後に植樹された樹齢の低い木が大半。そんな状況の今の時点でエゲルの産地としての可能性云々を語るのは大間違い、と理解しています。

最終日はトカイTokaj。
最初に訪れたのが製薬ビジネスの成功の後、トカイにワイナリーを築いたというベレシュBeres。さすがに製薬会社の家系だけあり、ワイナリーは清潔そのもの。セラーの溝や樽を寝かす石ころを敷き詰めた部分へのスピッティングも禁止。当然味わいも一昔前の酸化しきったようなトカイとは真逆の、綺麗で素直な完璧モダン・スタイル。Bone dryのSt Tamas 08, 09 (barrel sample)も、残糖のあるSamorodni 08 (barrel sample)も、非常に余韻が長く、MLF後も強靭な酸、そして色とりどりのスパイシーなミネラルが鮮烈で、とても好感が持てます。
ルーチェの畑からベレシュのワイナリーを望む。
明るいテイスティングルーム(ここは戸外ですが)
プリンセスも改めて意識したのですが、トカイはハンガリーで最北の産地。オーストリアの貴腐のメッカ、ルストやイルミッツよりむしろ緯度が高い(ほとんどヴァッハウなどドナウ周辺産地と同じ)。※だからオーストリアにいると、ハンガリー=パノニア=熱い、と考えがちですが、トカイやエゲルはちょっと違います。

土壌も多様なようですが、火山性土壌が主体なため、とにかく石ころが多彩で華やか! ※そのメカニズムはおわかりいただけますよね。山がひとつ吹っ飛んで、周辺の様々な土、石、動植物…などなどが粉々になったものがあちこちに散らばり、或いは溶岩となって溶けて流れたものと一体化し…それらが冷えて固まり、実に様々なカタチの石ころを形成しているのです。ベレシュの畑で特に珍しかったのは、黒いオニキスのような石です。
色とりどりの火成岩の小石@ルーチェ畑
標高も200m~500m前後、ということで冷涼で気温差の著しく激しい大陸気候に、十分な雨量、そこへ熱い火成岩――この火成岩の中でもユニークなのはTuf(日本的に言えば軽石?)で、非常に水はけがいい――と激しい気温差に対し緩衝的にはたらく二つの川、それらがもたらす湿気…。
という、世界でも類を見ない実に独自な局地気候を持つ産地です。
アスーベリーを2-3週間貯蔵しておくためのタンク。
ワインの神様St Urban。因みにウルバンは現ハンガリー首相の苗字でもあるらしい。
伝統のゼンプリン山脈産オーク樽が整然と並ぶセラー。
オーナー・ファミリーのメリンダと醸造長。
ベレシュを後にし、次に向かったのがトカイの臍マードMad。ここで伝説の生産者、イシュタヴァン・セプシ氏がバスに乗り込み、付近の畑をバスで巡りながらガイドしてくれます。
MWも思わず手もみしてしまう? 生ける伝説、セプシ・イシュトヴァン氏。
では、セプシ報告は、また明日以降に。

2012年5月7日月曜日

哀愁のブダペシュト

プリンセス、できれば土曜中にお城に戻りたかったんです。

…というのは土日にトラディツィオンス・ヴァインギューター主催のイベント"Tour du Vin トゥール・デゥ・ヴァン"がドナウ一帯のトップワイナリーにおいてスタンプラリー形式で開かれており、いつもお城ワイナリーにお世話になっている私としては、こういうときくらいお手伝いしなかったらバチが当たる、というもの。
なので、土曜の晩にトカイからブダペシュトに戻る時間如何では、そのままウィーンへの汽車に飛び乗ろう、と思っており、最終日はホテルを予約せずにおいたのでした。

けれど戻り時間の目鼻のついたのが、木曜の晩。お城はおろか、ウィーンにすら戻れる時間ではありません。なので木曜の夜中の時点で、booking.comで土曜の宿を取ろうとしましたが、中心街で予算内で泊まれる部屋は、ひとつしかありませんでした。No choiceです。
加えて、またいつものことで、予約したホテルと「予約した積りになっていた」ホテルが違っており、そのため4泊分の荷物&講義資料やら何やら&トカイで購入したワイン4本、を引きずりつつ1時間以上ウロウロするハメに…。道を尋ねようにも、英語はなかなか通じません。プリンセス、自慢じゃありませんが、ハンガリー語はイーゲン(yes)以外、アイウエオすら解しません…。

ああ、でも、ウロウロくらい今思えば可愛いもの。
ようやく夜10時過ぎになんとか辿り着いたホテルは…

●高速と大通りが交差し、物乞いなども散見される、イヤーな感じの立地。
●ホテルのある建物の下は浮浪者一歩手前風の男どものたむろす、猥雑な一角。
●フロントのある5階までのエレベーターは超狭。プリンセスとカップル客が一緒になると、閉所恐怖症のプリンセスは、血の気が引く位、半端ない圧迫感…
●フロントで明日の朝食は朝発つ時間が早過ぎて食べられないことが判明。
●フロントから部屋までは階段。エレベーターはなし。

でも何よりもプリンセスが泣きたくなったのは…
●部屋に入った途端、ク、クサイ!!!!! ドブ臭い…
●しかも目と鼻の先が高速。当然うるさいので窓を閉めたいけれど、臭くて臭くて閉められたものではない…。
●バスルームには石鹸やシャンプーがないのはもちろん、バスタオルすらなく、雑巾か?と思うほど薄汚い、端のほどけたハンドタオルが一枚…

随分色々なところを旅しましたが、おそらく人生最悪の宿…。もう少し時間が早くて疲れていなければ、予算なんか関係なく、もう1泊分ドブに捨てようがなんだろうが、別のホテルを探しましたが…
もう疲れ果てて、そういう気持ちにすらなりませんでした。

今回のハンガリーは、授業、特にワイナリー訪問は大充実(後日のブログで報告します)でしたが、宿と足に最初から最後まで悩まされ通し。

ああ、クサい、もうたまらない!!!!
このままでは眠れない…と思い、冷蔵庫に入ったハンガリー名物のパーリンカ(強いシュナップス)を呷って、高速の騒音消しにテレビの音楽チャンネルをつけっ放しに、眠りにつこうと努力…

ところが翌朝、何せ悪臭と騒音でほとんどきちっと眠っていないのですが、
●フロントから、「電車の出発まで30分だけど、出なくていいの?」と部屋に電話が入りました。→実はプリンセス、フロントに電車の時間を伝えておきながら、自分では6:05分出発を、どういう訳か6:55出発と、またまた得意の勘違い!
●しかも慌ててフロントに降りると、「僕が朝食を作っておいたから」と大きなビニール袋を渡してくれました。
へえ、ハンガリー人って優しいじゃん♥

そんな訳で、プリンセス、大荷物の上になんだか大振りな朝食バッグを携えて駅へ駆け込みました。昨晩は逆方向から来たので気づきませんでしたが、なんとブダペシュトの一番大きな駅が、目の前!!! (ああ、あの怪しさは立地のせいだったのね…) お蔭で時間の勘違いにもかかわらず、滑り込みセーフ! 缶ビールを買って、出発と同時にフロントのお兄ちゃん手作りの朝食をいただいたのでした。ええ、昨晩は結局疲れ過ぎて何も食べる気になりませんでしたから。
チーズとサラミを挟んだバンズ2つとストロベリーヨーグルト、そしてオレンジジース…。
ハンガリ―人の温かさに触れた思わぬ朝食で、お腹一杯、胸も一杯。
ビールも飲んで、ウィーン・マイドゥリングまでしっかり眠りにつきました。
プリンセスの目に感謝の涙が浮かんだことは言うまでもありません。

2012年5月5日土曜日

”ハンガリー” どこよりも新しいワイン大国

学校の特別クラスでハンガリーに来ています。
ブダペストでの授業を終え、昨日はエゲル、今日はトカイを回ります。

オーストリアの隣国でありながら、なんて対照的な国なんでしょう!
気候(なんたってパノニア気候っていうくらいでずっと暑い)も土壌(火山性土壌が大部分)も、文化(そもそも民族的にヨーロッパの孤島的にアジア系)…と何を取っても大違い。造られるワインもゼーンゼン違います。
とは言うもののオーストリア=ハンガリー帝国であった時代も長く、ブラウフレンキッシュ(こちらではケクフランコシュ)やらヴェルシュリースリング(同オラース・リースリング)、そしてご存知フルミント(は、なんと言ってもハンガリーが本家でしょ)などなど両国が"固有地場品種”を主張するなど、ブドウ的には重要なモノがカブっています。
では、何がこの国のワインを捉える上で一番大切なのか…
社会主義だった50年間ではないかと、プリンセスは思っています。
50年の間に古木は抜かれ、伝統的家族経営ワイナリーはその存続を断念せねばならず(民主化後買戻しの動きもありますが)。…つまりオーストリア同様修道士によって築かれた長い伝統を失うのに、50年というのは十分長い時間であった、という点です。
それでも、彼らは過去植えられていたブドウを知っています。過去の銘醸畑も、当時の仕立方法も、生き証人のような人々がまだ残っていますし、その気になれば文献に残っていますし、…。
多くのニューワールドが、土地に適したブドウを見つけるところからスタートし、仏のメジャー産地以外のおそらく世界中のワイン産地がインタナーショナル品種&新樽信仰を経て今に至るのと異なり、大半のワイナリーがそのトレンドの最中或いは後に設立されている、という特殊な国ハンガリー。

では、エゲル&トカイ訪問報告を月曜以降にお楽しみに!

2012年5月2日水曜日

ハンガリーへ受難の旅?

プリンセス、子供の頃からお騒がせな人間でした。…そう、いつでもプリンセスの行くところ、事件が一杯! いえ、私が何かやらかさなくても、私の周囲には常にひと悶着…ま、低気圧みたいな人間ですね(低血圧でもあります)。

昨日も朝食後に食卓で新聞を読んでいると、長女のアナが興奮して入って来ます。
Anna:プレスハウスで、レーがガラスにぶつかって、血が出て、死にそう…
Princes:レーって何?
Anna:(頭の上に腕を伸ばして)ほら、こういう長い角があって、鹿みたいでもっと大きくてクリスマスの橇を引く動物…
Princes:ああ、トナカイね(とは言いませんでしたが)。それでどうするの、そのトナカイ?
Anna:パパがハンターを呼んで、持って行ってもらうみたい。

この時プリンセス、現場にかけつけて写真に収めようかとも思いましたが、そういうモノを見てしまうと、また昼が食べられなくなると困るので、遠慮しました。

そして今度は夕食後。自室でティーレマンのジークフリートをラジオで聴いていると、裏門のベルが鳴っているのが聞こえます。既に家人はプライベート・スペースに引っ込んでいるはず。私が門を開けようとして出ると、2週間交代で、さっき出て行ったはずのお手伝いさんAnna(長女と同じ名前)と、入れ替わりに到着するはずのお手伝いさんDanna(登場人物、実に紛らわしい)が、二人並び立ってスロヴァキア語で何やらまくしたてています。
あまりの剣幕にプリンセス、「さわらぬ神に祟りなし」とばかりに、自室に引っ込みます。少しして夫人エファも出てきたので、今一度様子を伺いに出てみました。
スロヴァキアからこちらに向かう車が、ゴベルスブルクに入るほんの手前で交通事故を起こしたとか。ダナは左の頬を強く打ったようですが、幸い怪我はありません。相手は飲酒運転で、事故車はともに警察の取り調べを受けるので、ダナが乗ってきた車でスロヴァキアに帰る予定だったアナは、その日のうちに家に帰ることが不可能となり、ダナと一緒にパトカーで戻って来た、という訳です。

そして今日。今プリンセスは学校の特別クラスのためハンガリーに向かう車中です。昼の11時か1時にゴベルスブルク無人駅で電車に乗れば、問題なくブダペストに午後7時までには入ります。電車とバスの接続が悪いことも考慮し、両方のプランをプリントアウトした上で、早い方の電車に乗ることにしました。
いつもウィーンに向かう時に使う急行で終点フランツ・ヨーゼフ駅まで。これは楽勝。
次のトラムで12,3分、というのが嫌な距離。初めての路線故、停留所名のアナウンスに神経を集中していなければいけないのに、ついつい置いてあった新聞のマイヌル・アム・グラーベン改築の記事に夢中になってしまい、気が付けば終点のプラーター・シュテアン! あの第三の男で有名な遊園地のあるところ. でも目的地はひとつ手前の停留所でした。傷は大きくありません。ドンマイ、ドンマイ。
そして、スーツケースを引き引きひとつ手前の停留所まで戻ります。
果たして、そこには大型バスが! しかも行き先はブダペストとあります。「助かった」と思いました。バスの発車予定時間5分前。
ところが、
中を覗くと、ドライバー風の男とバスガイド風の女が、上着を脱いで、リンゴなど剥きつつ寛ぎ呆けています。しかも乗客は人っ子一人いません。「これが出発5分前?」といぶかるプリンセス。聞けば、このバスは6時発とのこと。
P「1時発のバスは?」
Bus guide「さあ」
P「ここはミュールフェルトガッセよね。他に停留所は?」
Bus guide「さあ、わかんないわ」
プリンセス、いかにもローカルな感じの通行人にバス停留所の場所を尋ねますが、「ここ以外知らない」とのこと。
ここで頭をよぎったのは1月の学校への道中。あの時は予定通りのバスが来なくとも、土地勘があったので、歩きと次のバスでなんとかしのぎましたが、今回の目的地は正真正銘の「外国」です。しかも過去2回は飛行機で入った場所。いやーな予感がしてきました。本当に今日中に辿り着くのでしょうか?

そうそう、悪いことにはおまけもあるんです。実は今回の特別コース、全て宿泊はブダペストだとばかり思い、今日から3泊予約をしたのですが、今朝改めて予定を確認すると、最終日は学校側で宿を手配してくれていたのでした。今日からの宿泊ですから、あさっての晩だけのキャンセルであっても、キャンセルは100%チャージされる、とのことで、年末に引き続き、1泊分の宿泊料をドブに捨てた格好です…。
得意のとほほ…。

まあ、そんな訳でいつものことながら、暗雲が立ち込めています。
皆様、このブログをこちらの今晩、日本の明日午前中に読めたら、プリンセスは無事今日中にブダペストに入ったと、もしもブログが午前中までに更新されていなければ、問題山積で同日到着を果たせなかった、とご理解下さい。
因みに授業は明日朝9時から、ブダペスト郊外の、ホテルから1時間余りの場所で行われます…。

それでは皆さんご一緒に♪
♪とっほほ~のほ~♪

2011年9月20日火曜日

無嗅覚テイスティング実験

9月20日(火)
昨日の授業は、いやぁ参った…鼻が全然利かないので何をテイスティングしても、砂を噛むようです。全部苦くて不味い…。
MWを受験中の講師ジュリア・セヴェニッチに「ねえ、このオレンゴン、まるでブルゴーニュでしょ、森の下草のような複雑な熟成香に、シルキーなタンニン…。感激ものよねぇ」と訴えかけられても、何のことやら、な悲しい状態。

…でもプリンセスはくじけません。試験本番に風邪で臨まねばならない事態だって、ない訳ではありませんから、その時の心構えくらいは、この場で習得しよう、とばかりに、無嗅覚の中、いかにワイン・テイスティングの答案を書き上げるか、丸一日人体実験を繰り広げました。

普通、外観⇒香り⇒味わい⇒結論、と書き進めるのですが、この状態でそれは無理。外観を見てある程度熟成度合いに見当をつけたら、全く知覚不可能な香りをすっ飛ばして、味わいをみます。
そこでわかったのは、比較的感知可能な順に;

  1. 香りがまった嗅げなくても、一番よくわかるのはタンニンの量です。これは味わいというより触覚ですからね。でも、「甘い」とか「ファイン・グレイン」などの質の把握までは難しい。
  2. 次に、余韻の長さも比較的よくわかります。
  3. 甘さも大分感度は落ちているものの、なんとかわかります。
  4. アルコールは喉や口中の温かさである程度感知できるのですが、通常高めで感じる独特の甘さや、更に高くなると出てくる苦味のニュアンスまで感じることができません。
  5. 悲しくなるくらいわからないのが、ワインの命であるふたつの要素、『酸』の高さと『香り&味わいの風味のニュアンス』です。

この一番肝心の部分を、精度が悪いながらも感知可能な要素と、いつもは補助手段にしかならない外観から可能な限り多くを読み取った情報とを組み合わせて、これまでのテイスティング記憶の引き出しから言葉を探し出して、それらしく得点の取れるテイスティングノートになるよう、作文:)して行きます。

これ、なかなか知的ゲームとして楽しい!
ひょっとすると、普段の私の得点を百とすると、60-70いけてるような気もします。

とはいうものの、熱のある中、別に理論編の講義も受けつつ17種のワインをこの方法でテイスティングし、答案を仕上げるのは、言葉では語り尽くせぬ負荷のかかる、精神的&肉体的に消耗し切る作業でございました。

2011年9月14日水曜日

まじっすかぁ?

9月13日(火)
とてもプリンセスの使うお言葉とは思えませぬが、本当にそういう気持ちです。
長期滞在許可を得るための最終手段として、大学への正式登録を勧められています…
しかも大学は、自然科学系。ド文系の私にはあまりに縁遠く、それも縁故(オーストリアでは非常に重要)の関係で、今月1日に既に出願期限の切れた大学へ、横車を押し切って出願せよ、との指示。

うーん、どこまでプリンセスの人生は激動の連続なのでしょう?

万が一、というか、これが最後の手段であるなら、受け入れてもらわねば困るのですが、万が一出願が認められると、30年以上遅れの大学一年生が誕生します。

…それって…

2011年8月31日水曜日

もうくたくた…

月曜から学校のセッションのためにルストに入っています。
昨晩はワインアカデミーの20周年記念式典中に、会場のゼールストホテルに、日本からのオーストリアワイン大使達が偶然宿泊する、という奇遇。誇らしく大使達をお迎えしました。
今日は一日コンスタンティノス・ラザラキスMWの講義。朝8時から6時半まで、みっちり12時間!!!
もうクタクタです。
本当は報告したいことがいっぱいですが、そもそも先週の金曜から飲み続けの上に。テイスティング漬け。授業セッションの終わる今週末まではこても更新に手がつけられそうにありません。
お許しを…。