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2012年6月14日木曜日

耳を澄ませると畑が見える!

学校のためルストに居ました。
プリンセスの住むカンプタール辺りでは、各ワイナリーの所有地は、たとえ同じ畑を複数ワイナリーで所有している場合も、各自の所有畑は比較的ひとかたまりになっているのが普通。ところが、オーストリアは狭いのに、つい最近まで南北で土地の相続法が異なっていたため、ルストのあるブルゲンラントでは、自分の持ち畑がこっちにひと畝、ひと畝置いてまた二畝、みたいな感じに畑を所有していることの方が常態です。なのでそれぞれのワイナリーが自分の畝を間違えないよう、ワイヤーを張る支柱に派手な色の紐を括り付けたり、花を植えたり、道標を置いたり、様々な工夫がなされています。
そしてそんな有様ですから、畑の手入れ方法の違いを短時間にあれこれ比較できるのもこの辺りの畑歩きの面白いところ。

それでプリンセス、2日で6時間以上テクテクテクテクひたすら畑を眺めながら歩き回りました。一日目は地図なしで、畑で働く人に畑名を尋ねながら。2日目はルストより隣町オッガウに近い銘醸畑マリーエンタールを目指して。
何が目的かと言えば、この時期各畑では畑の手入れ方法や病害対策、ブドウの木の健康状態などが一番良く見えるような気がしたからです。おそらく自分でワインを造っているヒト達は、この時期の畑を見ただけで「ああ、ここのワインは美味しいだろうな」と看取できるはす。私にもそれが少しはできるかなぁ、と思ったのです。


手始めに防カビ剤、殺虫剤、など色々ある農薬の中でも最も土の生態系に悪影響を及ぼすという除草剤を使っているかいないか、どのくらいはっきり判別できるものか、確認しながら歩きました。

枯草が沢山あるだけで早急に除草剤と決めつけてはなりません。
オーストリアのワイナリーの8割方が採用しているサステイナブル農法プログラムであるKIP(Controlled Integrated Productsのドイツ語の頭文字)では、比較的環境への影響が穏やかとされる除草剤の規定量&回数以内の使用は認めてはいますが、少なくともプリンセスのご近所では、日本に輸入されているような一線どころで使っているところはゼロ。ホイリゲで出すワインしか造っていないような農家のみ使用してるという現状です。
我がお城ワイナリーも当然除草剤は使いません。では、どうやってブドウの木の根元や、ひと畝ごとの雑草を刈るか、と言えば、トラクターに除草機材をつけて刈っていきます。この方法、環境には優しいかも知れませんが、ブドウの木の根を傷つける可能性も高い。なのでブドウにも環境にも最も優しい方法は、手で草を抜くことです。ところが手でいちいち草を抜いていたんでは、趣味農園ならいいでしょうが、所有面積が二桁haになってくると、人手が足りなくなるか労働過多になるのが普通。勿論、規模が大きくなっても銘醸畑は手で雑草抜きをするというワイナリーも存在しますし、逆に超急斜面が大半で、トラクターを使用できず、完全手作業か除草剤かの選択しかないヴァッハウでは、超一線級でも除草剤を使うのが常識。
上下の写真が隣り合わせた畝だって信じられます?

ということで、この目で除草剤使用、不使用で機械除草、不使用でマニュアル除草、の差をこの目で見分けられるか、が課題です。

パッと見、枯草の有る畑とない畑がありますが、枯草がないからと言って、除草剤を撒いてない、とも言えません。撒いた後しっかり土起こしをしていると、ブドウの根元をよく見ないと畝の枯草の有無だけでは見分けがつきません。
枯草があっても、除草剤で枯れた草と機械で刈った草が枯れている状態が混在しています。このふたつ、極端にわかりやすい違いの見える区画もあれば、最初はちょっと見分けのつきにくい区画もありました。が、妙に長い草がそのまま枯れていれば前者だし、青草と枯草が混ざったような状態なのは必ず後者です。
よく土の固い柔らかいを問題にしますが、化学肥料と除草剤をダブルで撒いているような最悪の畑であっても、今さっき土起こしをしていれば、もちろん土は固くない…。

でも、そんなことを確認しながら1時間以上歩いた頃、プリンセスは面白いことに気付きました。枯草の有無や土の固い柔らかいより、畑の(少なくとも土の)状態の善し悪しのわかるサインがあることに。
それは音――虫の音です。
畑の土に住む様々な虫の鳴き声の大小が、隣り合わせた畑間でも全然違うんです。一面枯草で、根元にコケがあったり、葉もそっくり返っているような、間違いなく農薬撒き放題の畝では、シーンと無音。足許で派手に虫たちがジーコジーコ言っているところでは、そこここにモグラの穴もあり、ブドウの葉も生き生きとした緑色をしています。

ところで、ブルゴーニュとオーストリアを比較して思うのですが、オーストリアは先にも書いたように、大半がKIPであるため、必要に応じて農薬を使うのですが、こと除草剤に関してはちゃんとしたワイナリーで使っているところを見つける方がまず困難。つまり殆どのワイナリーがニアリー・イコール・オーガニック的在来農法を実践しているのに対し、ブルゴーニュって、ビオディナミかオーガニック以外の生産者のかなりの部分が除草剤を使っているような印象。自然農法と在来農法の乖離が著しく激しい気がするんですが、誤解でしょうか?
今ブームの国産ワインはどうなのでしょう? 雨の多い日本で除草は大変な作業のはずでが。

2012年6月6日水曜日

世界一大人なワインショー VieVinum

VieVinumも一昨日で終了し、昨日お城に戻りました。
沢山の日本人業界関係者も招かれ、沢山の内外の知人或いは今まで知らなかったワイナリーとも言葉を交わした数日。
ホーフブルクで行われるワイン・ショーは、Vinexpo, VInitaly, Proweinなどとは一味違う独特の雰囲気
1区中心部ホーフブルク宮殿で開かれるこのワインショーは、業界関係の招待客と一般のワイン好きが入り混じる形式。その立地と『ドイツ語を喋るイタリア人』であるオーストリアのワイン関係者の気質も相まって、毎晩なんらかのパーティーが様々な場所で催され、招待客のタグさえあれば途中の出入りも自由なため、ショーの前後にワイナリーを訪れる人、毎晩コンサートや芝居に出掛ける人、試飲に疲れたらショッピングや美術館で息抜きをする人…も多い、実に大人なワインショー。この国の頂点のワイナリーから新興ワイナリーまで、同じ大きさのブースで5つのワインだけを(表向きは)出展する、一見フェアなシステムでありながら、当然カタログに看板畑のワインを載せているワイナリーは少なく、従って畑名を自分から言えるヒトにのみトップワインを所望する権利が与えられる…てな辺りもオーストリア気質を反映していて面白い。
ワイン好きの皆さん、このショーに絡めてオーストリアワイン観光に訪れる、というのもお勧めできます。

ところでプリンセス、VieVinum前後、風邪で痛めた喉を押してワイナリー訪問の通訳を2日間続け、しかも残糖が多い分おそらく平均的にオーストリアワインよりもSO2の多い(?)ドイツワインを集中的にテイスティングし、お世話になっている方々のアテンドをし、知り合いのワイナリーと挨拶を交わして回る、などを続けた結果、声は掠れて出ず、肺は気管支炎状態、親不知周辺とリンパ腺が腫れまくる、という事態となってしまいました。
でも面白いもので、鼻と口に神経を集中していたせいか、昨日までは鼻と舌は全く健全。今日になって味わいが取りづらい状態に陥りました。そう言えば、真冬の取材で一度大風邪を引いた時も最終日までちゃんとワインを味わえていたのに、帰りの飛行機で酷い咳に七転八倒。東京到着のその足で病院に駆け込み、「気管支炎。絶対安静」を言い渡されたこともありましたっけ。気が張っていると=気が巡っている場所は病原菌に冒されない、って本当みたいですね。

そんな訳で、詳細報告はまた後日。関係者の皆さん、お疲れ様でした!

2012年5月19日土曜日

ハンガリー報告 その5 セプシ氏の真意は?

アーモンドのミルフィーユ、ストロベリー・サラダ、アプリコット・ソルベ、というデザートを見て、「このデザートに5プット以上のアスーは出ないな」と読んだあなた。素晴らしい洞察力です!

お食事前、ランチに誰のどのワインが出るか、なんてツユ知らないプリンセスは、能天気にも「辛口フルミント→サモロドニ→3プット→セプシの6プット→アスー・エッセンシア、もしかするとエッセンシア?」…なんて流れを想像していましたから、正直最後のワインがSzepsy Samorodni 08と知って、多少落胆しなかったと言ったら嘘になります。こういう席ではリスト外のワインが登場するのは半ば当たり前ですから、最後の最後までアスーのお出ましをどこかで期待していなかった、と言ったら、これも嘘になります。
ま、でも結論を言えば、アスー抜きのランチでした。

Szepsy Samorodni 08は、マーマレードのノーズ、枯れてこなれた上質の紅茶のような風味。余韻はそれほど長いわけではなく、意外に軽やか。何故か初老の知的女性を思わせる味わい。表面的には枯淡の趣ながら、中にしなやかなチャーミングさが隠れています。ミルフィーユのホロホロ崩れるテクスチャー、アーモンドの仄かな苦み、ストロベリーやアプリコットの軽やかな酸味と、丁度良いマッチング。
サモロドニはアスーと異なり、貴腐を果汁やベースワインでマセラシオン(これこそアスーがソーテルヌやTBAと異なる、アスーの伝統技術)はせず、通常の甘口ワイン同様、貴腐混じりのブドウを一度の発酵でワインにしたもの。

セプシ氏は語ります。
「私の理想は、d'Yquemと同じように、一年にひとつのワインしか造らないことだった」と。
実際90年代には確か6プトニョスしか造っていませんでした。St Tamasで辛口ワインを造ることにも当初は全く乗り気でなかった、と言います。
このサモロドニは、2002年にフランス人のソムリエがテイスティングした際、「Cuvee(伝統的品種のブレンド・ワイン。通常かなり力強い)と呼ぶにはフレッシュ過ぎるし、どう呼ぼう?」ということで、Cuvee II、Daniel(孫の名)など候補が上がる中、Samorodniとして世に出すことに決めたそう。再発酵が起こっており、それが却ってワインをフレッシュに保つ結果となっています。

そして彼は続けます。「かつては世界一の貴腐ワインが造りたかった。d'Yquemよりいいワイン、ScharzhofbergerのTBAよりいいワイン…。でもそれは終わった。それは過去の話だ。いいワインは世界中にある。どれが一番いい、だなんて言えない。それらは異なるだけだ。」
「素晴らしいワインは、それを造る際に関わる人々の間で、そしてワインを取り巻く自然との間の、良い関係を築かなければできない。でも、自分のワインに関わる人々や自然との間だけのいい関係で、他にとっては不利になるような関係でいいのか? いや、そんな筈はない。我々は、他を害することなく、自分達を取り巻く人と自然にとって良い方向性を見出さねばならない。」
「だから私はラベルに格付けを書けないようにした。格付なんか私にはできないよ。」
「今でも目標は高い。勿論私は神を信じている。けれど、ソーテルヌやモーゼルと戦う時期は終わった。太陽が降り注ぐところ、どこにでも素晴らしいワインがある。」
「小さな差、ほんの少しの差のためにベストを尽くして最大の手間をかけて作業をする。ほんの小さな差の蓄積が、人々の目に見えるようになったとき、それをヒトは奇蹟と呼ぶんだ。」
「私は誰も必要としない。けれどもし必要とされるなら、一緒に働こう。そうでなければ我々は先に進めないのだ。」

プリンセス、気付けば頬に涙が伝っています。
この貴腐の巨人の言葉を、そして6プトニョスの巨匠による「トカイ=非貴腐ワイン産地宣言」へ至る経緯と葛藤を、なんらかのカタチで書き残したい、と強く強く思いました。

本当のところ、セプシ氏は6プトニョスだけを造っていたかったのか、辛口宣言はトカイの未来を考えての妥協或いはマーケティング戦略に過ぎないのか、或いは心から辛口の可能性に目覚め、その先鞭をつけたいのか、わざわざ格付け制定を主導しておいて、それをラベルに表示しない真意はなんなのか…、この日の言葉からだけでは測り知れないものがあります。
今後トカイはこのボトルに詰められます。
社会主義50年を跨いだ、トカイにおけるワイン造りの生き証人の重い言葉を、モノ書きの端くれとして記録する義務がある…そう思ったプリンセスは、ランチの後、セプシ氏にロング・インタビューを申込みました。驚いたことに、小友美さんに連れられ私が短時間訪問したことを、セプシ氏はちゃんと覚えてくれていました。そして、「いつでもいい。連絡してくれ。」と言ってくれました。
ハンガリー編 the end

2012年5月17日木曜日

ハンガリー報告 その4 フルミント St.タマシュにうっとり

セプシ氏ご招待ランチは、「こんなところにこんな素敵なレストランが?」と、我が目を疑う、Gusteau Kulináris Élményműhely グストー・クリナーリス・ウンタラカンタラ。
実はプリンセス、もう5年以上前に澤辺小友美さんに駆け足でTokajをご案内いただいたことがあり、その時セプシ氏が連れて来て下さったのも、このレストランでした。あの時はトカイのスープと軽快なフォアグラ料理が印象的でした。
セプシ氏宅とレストランの間にある美しい建物。
昔は銀行で、セプシ氏が買い取った模様。
由緒を感じさせるファサードですが、お料理はなかなかクリエイティヴ。
さあ、セプシ氏感動の講義が始まります…って新しいワインが出てくると、簡単な解説をしてくれるだけなのですが、
プリンセスにとっては今までのどんな講義よりも内容の詰まった、忘れがたいレクチャーとなりました。
ポガッチャというのかな、ハンガリーでよく見るスコーンとともに出てきたのは、Szepsy Furmint 09。若木からの軽やかな辛口ワイン。
まず、09=収穫時に大雨、10=雨が多く寒い、11=こんなに乾いた年はかつてない、という3年連続普通でないヴィンテージだったことを解説。またトカイでは暑い年(09や07⇔正反対なのが10)以外マロラクティックをするのが普通であること、などとともに、「現在はトカイ全体の7割が大量生産のミディアム・スイートワインだが、今後はもっと辛口が増える。何故なら異なるテロワールが異なるスタイルの辛口ワインを生む、辛口の方がよりテロワールを反映するワインが造れるからだ」と宣言しました。
ほう、6プトニョスの巨匠もやはり今日日は辛口ですか…と、思いながら聞いていました。
ちょっとソルベのようなブルーチーズのムースの乗ったビーフ・カルパッチョ。
次のワインはSzepsy Szepsy Furmint 09。セプシが2度続いているのは間違いではなく、二つ目のSzepsyは畑名。まだ3年しか経っていないのに、微かなペトロール香があり、カリンのような硬質な黄色い果実のニュアンス。高いけれど幅のある柔らかい酸。これ、ブラインドで出されたら、プリンセスはシュナン・ブランと言っていたかも。辛口にすると6割のブドウを廃棄することになる(つまり、このワインは4割しかない健全果で造られるもの、ということです)ので、この畑の貴腐ブドウと、乾燥して縮み上がったブドウを混ぜ、発酵をアルコール8-9%で止めたワインも将来造るかも、というような話が出ました。
おお、それでも辛口が先なのね…。
ウルバンと合わせたPike Perch 川カマス?
「スロヴァキア・トカイなんか存在しない」
スロヴァキア人生徒達の真ん前でサラリと断言。
 次のUrban Furmint 08あたりからです。セプシ氏の語気がどんどん熱を帯びてきたのは。「銘醸畑がブドウ造りに使われないのは断じて許せない」と。そしてブラックな毒舌も絶好調。トカイ全体の銘醸畑の分布をざっと解説した後、「1865年には北部には全く畑がなかったんだ。だからスロヴァキア・トカイなんか存在しない」と、ピシャリ(この辺り、politically correctな人々からは顰蹙を買うでしょう)。セプシ氏はウルバン35ha中2.7haを所有。一部に1920年代に植えられた80年を超す樹齢の部分があるそうですが、「一番いい場所と悪い場所からのワイン、一番収量の低い場所と高い場所からのワイン、価格はどれも同じだからね!」と力説。「土に近い低い仕立てのコルドンで…」と言ったところで、やおら高級レストランの地ベタにかがみ込み、「1日中この姿勢でしゃがみ込んで作業をするのを想像してごらん。フルミントっていうのは、何よりも手間と知識、そして忍耐を必要とする品種なんだ。」
あまりの迫力にテイスティング・コメントを書くのも忘れるプリンセス。でも、思い起こすに円やかで腰の据わった印象を受けました。トカイ唯一のレスを含む土壌というのも頷ける味わい。なんでも08は発酵がなかなか進まず、セラーを温めたり、澱をかきまぜたりし、MLFが始まったのは5月末だそう。元々のpHがあまりに低かったので、マロによるアロマの減少が著しくなることや、揮発酸の発生の危険があり、実際4.0-4.5gと高いそうです。でも、汚い感じはありません。
これはまた、複雑な個性の辛口…。
辛口フルミントの懐の深さを見事に引き出した仔牛煮込み
そしてSzepsy Szent Tamas Furmint 08登場。カマンベールの皮やスモークのノーズ。ボーン・ドライ。フルーツが皆無…軽微なブショネ???…でした。
さて、仕切り直すと、先ほどのワインのようなノーズの曇りは全くなく、落ち着いたミネラルの背後に微かなアプリコットや青リンゴ。縦にスッと筋の通った伸びのある透明な酸。テクスチャーはミルキーなのですが、味わい自体は限りなくピュア。非常に長い余韻。岩清水の趣。かねがね辛口フルミントの高いポテンシャルに注目していたプリンセスですが、これは本当にその期待に違わぬ、硬派ドライ・フルミントの見本のようなワイン! 美しい! 土壌は石英の多いトゥーフだそう。キラリ、キリリといかにもそんな味わい。
辛口きっての銘醸畑として知られるSt Tamas畑ですが、現在ブドウの4割、ワインとしては6割が辛口。15年前、辛口は一切ありませんでした。恐らく社会主義崩壊後、かつての銘醸畑に一から植樹したのでしょう。セプシ氏は0.3haを所有しますが、固い岩の土壌故、植樹コストが気違いじみて膨大だそう。スパークリングワイン造りも試行しているようですが、何せ収量を上げると酸も下がってしまうため、低収量がモットー。するとスパークリングのベースとしてはガッツのあり過ぎるワインができてしまうということです。

ここでリストにはない、St Tamas Furmint 09まで登場。こちらは5g/lの残糖があり、MLFはなし。08よりはずっと優しい個性です。仔牛の骨髄のトロミと素晴らしい相性。
同じ畑の辛口フルミントでもヴィンテージが異なると、こんなに表情が変わるのですね。

とうとうデザートが運ばれてしまいます。アーモンドのミルフィーユ マジパン添え、ストロベリー・サラダ、アプリコット・ソルベとともに供されたエンディングのワインは??

2012年5月15日火曜日

ハンガリー報告 その3 セプシ氏土壌を語る

山の上部に蘇りつつある伝統的銘醸畑。ただし左上は固い岩ばかりでブドウを育てるのは不可能とか。
さて、この山の前でバスを降り、セプシ氏がマードの土壌や、最近起こっていることについて熱く語ります。聞き洩らした可能性も大ですが、セプシ氏がバスに乗り込んだ場所同様、バスを降りたここが「何処が」がまずプリンセスにはわかりません。けれど、南向きの斜面と「歴史的なサイトが徐々に蘇りつつある」というセプシ氏の説明から、ここがSt TamasタマシュかKiralyキラリー、Urbanウルバンなどの銘醸畑であることはほぼ、間違いありません。※何せ20人以上の集団ですし、セプシ氏ワンマンショーの趣で、わからないことがあっても質問のできる状況ではないことをお許し下さい。
バスを降りてやおら石コロを拾って説明を始めるセプシ氏。
オーストリアとハンガリーのブドウ畑の、一見して何が一番違う、かと言えば、ハンガリーは仕立てが低い! オーストリアは悪しきハイカルチャーの影響もありますが、最近植えられた畑でも、そしてハイカルチャー以前の写真を見ても、ここまで仕立ては低くありません。やはり北国の仕立て(フォリアージュを大きく取って、少しでも光合成を活発に行う必要がある)です。一方ハンガリーは、垣根仕立てになっているとは言え、今も南仏やスペインでも見られる低い株仕立てを彷彿とさせる植え方です。
数日前のブログにも書きましたが、トカイの緯度はバッハウ並に高く、しかも降水量はヴァッハウより多いにもかかわらず、です。こういうところにカルチャーが宿ります。つまり、気候的&科学的必然性から行けば、逆であってもいいはずの仕立てですが、ヴァッハウ(或いはカンプタール、クレムスタール)は北の光の弱い国の仕立て、ハンガリーは南の光と熱が十分な乾燥した国の仕立てを踏襲している訳です。…いとおかし。

低いコルドン仕立て。灌漑なし。
これがこの辺りのサブソイルに共通するというTuf。大きさの割に手にすると非常に軽い、日本的に言う軽石です。
自宅中庭に並ぶ火成岩の数々。実にカラフル!






















この石はこんなに割れやすくって…
これは、ほらチョークみたいなもんだ。
Tufにも成分によって色々な色や重さのものが。
こちらは木切れが火成岩化したもの


さて、これら実にカラフルな石コロ土壌と、世にも特殊な中気候が織りなす、唯一無二のテロワール、そしてこの生き証人の知恵と情熱がどういうワインを生むのか…。次回のセプシ氏ご招待のランチ・レポートでご紹介します。
トカイと言えば、まして「セプシと言えばアスーでしょ」と思っていたプリンセスにガツンと一撃を喰らわせるのに十分な、感動的ランチでした!

2012年5月14日月曜日

ハンガリー報告 その2 セプシ・イシュタヴァン

さて、セプシ氏がバスに乗り込み「この辺りはマードでも最も土が重い粘土質なので、最も甘く酸も高いワインになり、東部だともっとアロマティックになる」とのことですが、悲しいかな、トカイ・ビギナーのプリンセスには、「ここ」が「どこ」なのかもわかりません。まあ、西にいるんでしょうね(本当は3度目ですが、いつも2,3時間の滞在なので、ほぼ何も知らないに等しい)。
それに、色々な固有名詞が聞き取れませんし、地図と照合しても所謂西洋式発音とは異なるので、にわかに発音と文字が一致しません。
ここが、そのMadで最も土の重い一帯。
…そんな訳で生きる伝説のようなご本人自らの解説を受けているのに、豚に真珠も甚だしい状態。にもかかわらず、セプシ氏のいかにもハンガリー的愛嬌のあるブラック・ユーモアとでも言うのか(「悪童日記」や「笑っているのは誰」などが好きなヒトにはわかっていただけるでしょう)、いいワインを造るということへの愛情の深さと、それ故に、それを邪魔してきた社会主義政府、そしてそれが倒れた後の資本主義金儲け狂想曲に対する、痛烈な皮肉がチョロ、ッチョロっと顔を出し、抜群に面白い!
例えば;
「右側のGDC仕立てが見えるかい。あれは、社会主義時代に押し付けられた、厄災disasterの残骸だ。」
こちらがディズアスター仕立て: )
「社会主義時代のクローンは、実のできるだけ大きいのを選択したんだ。信じられるかい? できるだけ、実の大きいのをだよ。間違いではなく、大きい実。」
「今通ってる道の名前が何て名前だったか知ってるかい? Red Army通りさ。私は町議の一人でもあるから(といったか町長でもあるから、と言ったか失念)、変えたよ。そんな名前、どこが楽しいんだ?」
「社会主義が倒れて、資本家は畑を買い漁った。でも畑を維持せずに、手をかけずに値が上がってから転売しようとしたんだ。だが20年後、手入れされた畑とそうでない土地は価格に15倍の差があるのさ。(ざまあみろ、とは言いませんでしたが、顔にそう書いてありました)」

それはそうと、名生産者にテロワールオタクが多いのは当然のこととして、セプシ氏ほど土に対する本物の愛情と執着を発散する造り手には出会ったことがありません。
そんな彼が畑で、自宅中庭で、マードの土を解説してくれました。
この山はおそらく、St TamasかKiraly。
一旦打ち捨てられた伝統的銘醸畑が、続々と復活されつつある渦中。とてもエキサイティングです。
その模様は、また明日にでも。

2012年5月12日土曜日

ハンガリー報告 その1

先週授業の一環でハンガリーの一大スパークリング・メーカーであるトェルレイTörley、そしてエゲルEger、最後にトカイTokajを訪問。
ここでハンガリー・コースの授業は行われました。

Törleyは驚きの大企業。そもそもここの系列のゲストハウスみたいなところで授業が行われたし、今回のハンガリー特別クラスの主要スポンサーだったと思われます。ハンガリーワイン業界のドンですね…。ディプロマやMWの試験を受ける上では、こういうところの製造工程やらビジネスモデルやら、マーケティング戦略というのは非常に重要なのでしょうが、ワイン愛好家的にはどうも魅力に欠ける…うーん、でも、実際にやってることはシャンパーニュのグランメゾンも紙一重なんでしょうし、そしてそう考えれば逆に深堀りするのも面白いのかも知れませんが、プリンセス的には、どうもピンと来ないので、報告省略。
sparkling factoryの趣。ここでラズロとペピ・シューラーMWは
「グラン・メゾンもトランスファーはやってるだろうけど、絶対見せないよね」と内緒話をしていました: )
 あ、でもここをガイドしてくれた、ハンガリー最初のMWにおそらく今年中になるであろう製造責任者ラズロ・ラムシクスは、ハンガリーのベストセラーだという、なんともつまらない(失礼!)味わいの甘口スパークリングの品種を問われて"・Can be anything. This is not for you wine lovers, but it is business. We must sell, and it sells."と言ってのけました。
ハンガリーって、ある意味オーストリアなんかよりずっとダイナミックなワインビジネスができる可能性があるんだなぁ、と、その言葉に妙にクールに感心してしまったプリンセス…。

そしてエゲルEger。気候や土壌、地勢的に大きな可能性のある場所ですが、ここで感じたのは社会主義時代の50年という時の長さと重さです。
標高500mに達する、斜面上部の真南から軽く南南東の部分。石灰土壌でエゲル最高の区画。
斜面の上部と下部を分ける道にこのマリア像はあります。

斜面下部。より茶色の強い、重めの土になります。
押しも押されぬハンガリーが誇る赤産地のはずなのに、ナギ・エゲッドNagy Egedというエゲルの代表的サイト周辺でさえ、高樹齢の畑が半ば打ち捨てられていたり、訳のわからない仕立をされていたり…。そんな状況を反映するかの如く、出てくるワインのレベルも正直あまり高くありません。ヴィラニーやショプロンの赤の方がむしろ印象的なものが多い。ただしあの辺のワインは、レベルは高くとも重く濃く、プリンセス好みのスタイルは少ないので、実は赤産地として一番冷涼なエゲルに期待していたし、特に(エゲルに限らず)、タンニンの軽い地場品種、カダルカにプリンセス好みのワインがあるのではないか、と楽しみにしていたのですが、今回のハンガリーツアー中に出てきた限り、カダルカは「緻密なのにしなやかでエレガント」というよりは、「緩いのに固い」という、むしろプリンセスの理想とは正反対のものが多かった…。
ホスト・ワイナリーのものより、彼女のワイン(下の写真)の方が素直で良かった。
一番右のオラス・リースリングが、オーストリアとは異なる豊かな味わいを出していました。

ただし、たった1度の、しかもスポンサー付でオーガナイズされた訪問でお宝に巡り合える可能性は限りなく低いし、高標高の石灰土壌――最もポテンシャルの高い畑、であればある程、民主化後に起こったワイナリーの創設の、そのまた後に植樹された樹齢の低い木が大半。そんな状況の今の時点でエゲルの産地としての可能性云々を語るのは大間違い、と理解しています。

最終日はトカイTokaj。
最初に訪れたのが製薬ビジネスの成功の後、トカイにワイナリーを築いたというベレシュBeres。さすがに製薬会社の家系だけあり、ワイナリーは清潔そのもの。セラーの溝や樽を寝かす石ころを敷き詰めた部分へのスピッティングも禁止。当然味わいも一昔前の酸化しきったようなトカイとは真逆の、綺麗で素直な完璧モダン・スタイル。Bone dryのSt Tamas 08, 09 (barrel sample)も、残糖のあるSamorodni 08 (barrel sample)も、非常に余韻が長く、MLF後も強靭な酸、そして色とりどりのスパイシーなミネラルが鮮烈で、とても好感が持てます。
ルーチェの畑からベレシュのワイナリーを望む。
明るいテイスティングルーム(ここは戸外ですが)
プリンセスも改めて意識したのですが、トカイはハンガリーで最北の産地。オーストリアの貴腐のメッカ、ルストやイルミッツよりむしろ緯度が高い(ほとんどヴァッハウなどドナウ周辺産地と同じ)。※だからオーストリアにいると、ハンガリー=パノニア=熱い、と考えがちですが、トカイやエゲルはちょっと違います。

土壌も多様なようですが、火山性土壌が主体なため、とにかく石ころが多彩で華やか! ※そのメカニズムはおわかりいただけますよね。山がひとつ吹っ飛んで、周辺の様々な土、石、動植物…などなどが粉々になったものがあちこちに散らばり、或いは溶岩となって溶けて流れたものと一体化し…それらが冷えて固まり、実に様々なカタチの石ころを形成しているのです。ベレシュの畑で特に珍しかったのは、黒いオニキスのような石です。
色とりどりの火成岩の小石@ルーチェ畑
標高も200m~500m前後、ということで冷涼で気温差の著しく激しい大陸気候に、十分な雨量、そこへ熱い火成岩――この火成岩の中でもユニークなのはTuf(日本的に言えば軽石?)で、非常に水はけがいい――と激しい気温差に対し緩衝的にはたらく二つの川、それらがもたらす湿気…。
という、世界でも類を見ない実に独自な局地気候を持つ産地です。
アスーベリーを2-3週間貯蔵しておくためのタンク。
ワインの神様St Urban。因みにウルバンは現ハンガリー首相の苗字でもあるらしい。
伝統のゼンプリン山脈産オーク樽が整然と並ぶセラー。
オーナー・ファミリーのメリンダと醸造長。
ベレシュを後にし、次に向かったのがトカイの臍マードMad。ここで伝説の生産者、イシュタヴァン・セプシ氏がバスに乗り込み、付近の畑をバスで巡りながらガイドしてくれます。
MWも思わず手もみしてしまう? 生ける伝説、セプシ・イシュトヴァン氏。
では、セプシ報告は、また明日以降に。