普通、ワイナリーに入るときには、その門構えやらロゴの入ったサインやら、建物の意匠やら…、何かこう「よしよし、私はこのワイナリーに来たぞ! 入るぞ!」という感慨というか、趣味の確認のようなものをしてから、テイスティング・ルームに通されるなり、歴史のあるワイナリーであれば地下セラーに降りたりするものなのですが、ここではその手の儀式が一切なし! …いきなり下の写真の物置場に入っていた、という感じです。
ローラントは「ここには普通、ヒトは連れて来ないんだ」と、一言。
プリンセスジーンとしました。「とっても光栄に思います。ありがとう。」
すると彼は「いや、光栄でもなんでもないよ。ここには別に特別なものは何もないから。」
確かに…。
お城ワイナリーのオフィス一室の半分くらいの掘立小屋が二つ。その中に所狭しとプラスティック桶と木製開放桶が並んでいるだけです。
ハイテク機材もなければ、2基しかないステンレスタンクも全然ピカピカでないは、冷却用ジャケットはついてないは、発酵用木桶の温度計は壊れているし、桶の見栄えをよくするための手入れなどは一切されていない模様です。
さて、ステンレスタンクが二基ぽつねんと立っている部屋を通り抜けて、木製発酵桶のズラリと並ぶ部屋へ。
こうした木製発酵桶は、そのまま熟成用にも使えて、 スペースの限られたローラントのセラーではその意味でも重宝だそう |
気になる桶をまずチェック |
…勿論美味しいですが、正直、この状態の赤ちゃんワインの、どこをどう味わったらいいのか、プリンセスにはよくわかりません。なので、ローラントに何をチェックしているのか尋ねてみました。
果実風味とタンニンのストラクチャー、だそうです。…なんだ、完成したワインと変わりないじゃん…。(いえいえ、発酵の段階に応じての変化などを日々トラッキングし、ピジュアージュやプレスの加減について考えているのは、聞くまでもありません)
既に発酵の終わったルッツマンスブルクの複数畑からの果汁も味わいます。そして先程下から眺めたホッホベアク辺りの、これも既に発酵の終わった果汁…。
いやぁ、驚き! 収穫からほんの2-3週間で、ちゃんとネッケンマークトはネッケンマークトのハーバルで凛とした、ルッツマンスブルクはさすがに官能的とまでは行きませんが、でも濃いベリーとビロードのようなテクスチャーの片鱗がしっかり出ています!!!!!
よくある、マロ前には飲めたものではない赤ワイン…あれは一体何なのでしょう? : ) まあ、果皮のマセレーションがまだ進んでいない段階だからこそ、却って飲みやすい、ということも考えられますが…。
木桶の果汁の方がプラスティクヴァットの果汁より格上と思いがちですが、 おそらく事実は逆である可能性が高い…。 |
その時、プリンセスはハタと、この素っ気ない作業場こそローラントのカンバスなのだ、ということに気づいたのです。
と同時に、自分がネッケンマークト、ルッツマンスブルク、そしてツァーガースドーフの全ての畑名とその特徴について、ほとんど知識らしい知識を持ち合わせていないことを、ここで心から悔いました。
「ここには何もない」だなんてとんでもない!
どの区画とどの区画をどうブレンドして、どの大きさの桶で発酵させ、各桶をどのくらいの頻度と長さでパンチダウンをし、どれをそのまま木桶で熟成し、どのバッチを小樽にいつ移し変えるのか…。収穫から全てのバッチのプレスを終えてワインが熟成過程に入るのを見届けるまで、ローラントは毎日ここにやってきて、こうして自らパンチダウンをし、果皮の感触を確かめ、試飲をし、ブレンドと熟成の設計図を頭に描いている訳です。
こちらが発酵の盛んな状態。どんどん果帽が上がってきます。 |
こちらがほぼ発酵の収量した状態。果皮は萎んでいます。 |
こうして手作業をすれば、フットストンピングとほぼ同じで、加減を手に感じることができます。 |
プリンセスは、なかなか見せては貰えない「偉大なワインメーカーの頭の中」を身近で覗くチャンスが欲しかったのです。そして、何か小さなきっかけからでも、ワインメーカーの頭の中と自分の頭の中をシンクロさせて、その様子を書き手として皆さんにお伝えしたかったのです。別の言い方をすれば、オーストリアの偉大なワインメーカーのプロファイリングがしてみたかった : )のです。
発酵が盛んな時期にはかなりの重労働。若い男性でも、そう続けてできるものではありません。 |
けれど、こういう本質的な問題に思い至らせてくれるセラーや生産者は、そんなに多くはありません。
巡り会えた幸運に心から感謝します。今一度、ありがとう、ローラント!!
それにしても、偉大なワインは、偉大な畑と偉大なイメージによって造られるものであり、大仰な設備から生まれるものではないことが、はっきり証明されていて、痛快ですね!