2012年10月28日日曜日

ローラント・フェリヒ“モリッツ”――クオリティーの秘密に迫る その6 セラー大公開

ブルゲンラントというのは、よく言われることですが、オーストリア中で最も貧しい地域だと。ネッケンマークトもそんな、いかにもミッテルブルゲンラントの寒村、という感じの何の変哲もない小さな村です。畑のある高台から村落に降り、小川の近くで車を降りました。

普通、ワイナリーに入るときには、その門構えやらロゴの入ったサインやら、建物の意匠やら…、何かこう「よしよし、私はこのワイナリーに来たぞ! 入るぞ!」という感慨というか、趣味の確認のようなものをしてから、テイスティング・ルームに通されるなり、歴史のあるワイナリーであれば地下セラーに降りたりするものなのですが、ここではその手の儀式が一切なし! …いきなり下の写真の物置場に入っていた、という感じです。
ローラントは「ここには普通、ヒトは連れて来ないんだ」と、一言。
プリンセスジーンとしました。「とっても光栄に思います。ありがとう。」
すると彼は「いや、光栄でもなんでもないよ。ここには別に特別なものは何もないから。
確かに…。

お城ワイナリーのオフィス一室の半分くらいの掘立小屋が二つ。その中に所狭しとプラスティック桶と木製開放桶が並んでいるだけです。
ハイテク機材もなければ、2基しかないステンレスタンクも全然ピカピカでないは、冷却用ジャケットはついてないは、発酵用木桶の温度計は壊れているし、桶の見栄えをよくするための手入れなどは一切されていない模様です。

2012年はドナウ周辺やヴァインフィアテルでは霜、他の産地でも雹で随分被害を受けているのですが、モリッツの畑については昨年一昨年の方が自然被害は多く、今年は量的に十分満足行く出来、と本人が笑顔で言っていたのが、ここに来るとよくわかります。発酵容器のキャパが一杯一杯で、小樽の蓋を取り払って発酵容器に転用しているものまであるのですから。
さて、ステンレスタンクが二基ぽつねんと立っている部屋を通り抜けて、木製発酵桶のズラリと並ぶ部屋へ。
こうした木製発酵桶は、そのまま熟成用にも使えて、
スペースの限られたローラントのセラーではその意味でも重宝だそう
気になる桶をまずチェック
一番右の桶の様子が気になるようで、セラーに入るとすぐに様子を見、アシスタントにエクスレ度を確認。試飲をします。プリンセスもご相伴に預かりましたが、まだ少し甘さが残っています。モリッツのシュトゥルムを飲んだのは、世界広しと言えども、ワインメーカー以外あまりいないでしょう : ) 
…勿論美味しいですが、正直、この状態の赤ちゃんワインの、どこをどう味わったらいいのか、プリンセスにはよくわかりませんなので、ローラントに何をチェックしているのか尋ねてみました。
果実風味とタンニンのストラクチャー、だそうです。…なんだ、完成したワインと変わりないじゃん…。(いえいえ、発酵の段階に応じての変化などを日々トラッキングし、ピジュアージュやプレスの加減について考えているのは、聞くまでもありません)
既に発酵の終わったルッツマンスブルクの複数畑からの果汁も味わいます。そして先程下から眺めたホッホベアク辺りの、これも既に発酵の終わった果汁…。
いやぁ、驚き! 収穫からほんの2-3週間で、ちゃんとネッケンマークトはネッケンマークトのハーバルで凛としたルッツマンスブルクはさすがに官能的とまでは行きませんが、でも濃いベリーとビロードのようなテクスチャーの片鱗がしっかり出ています!!!!!
よくある、マロ前には飲めたものではない赤ワイン…あれは一体何なのでしょう? : ) まあ、果皮のマセレーションがまだ進んでいない段階だからこそ、却って飲みやすい、ということも考えられますが…。
木桶の果汁の方がプラスティクヴァットの果汁より格上と思いがちですが、
おそらく事実は逆である可能性が高い…。
常識的に考えれば、収穫の早いこれらはブルゲンラントか、せいぜいリザーヴにブレンドされるクラスでしょう…。それじゃ、アルテレーベンは? …と考えながら林立する桶を眺めれば、各桶に畑の名前が書いてあります。単一のもの、複数のもの…。
その時、プリンセスはハタと、この素っ気ない作業場こそローラントのカンバスなのだということに気づいたのです。
と同時に、自分がネッケンマークト、ルッツマンスブルク、そしてツァーガースドーフの全ての畑名とその特徴について、ほとんど知識らしい知識を持ち合わせていないことを、ここで心から悔いました。


「ここには何もない」だなんてとんでもない!

どの区画とどの区画をどうブレンドして、どの大きさの桶で発酵させ、各桶をどのくらいの頻度と長さでパンチダウンをし、どれをそのまま木桶で熟成し、どのバッチを小樽にいつ移し変えるのか…。収穫から全てのバッチのプレスを終えてワインが熟成過程に入るのを見届けるまで、ローラントは毎日ここにやってきて、こうして自らパンチダウンをし、果皮の感触を確かめ、試飲をし、ブレンドと熟成の設計図を頭に描いている訳です。
こちらが発酵の盛んな状態。どんどん果帽が上がってきます。
こちらがほぼ発酵の収量した状態。果皮は萎んでいます。
かつてプリンセスは「偉大なワインは頭の中から」と書きました。そして今、その頭の中を見せてもらっているのです…。プリンセスはモリッツ アルテ・レーベンの母胎の中に今自分が居合わせている幸せと重さに圧倒されていました。ワイナリーを出てから気付いたのですが、入り込む余り、メモを取ることすら忘れていました(泣)…。
こうして手作業をすれば、フットストンピングとほぼ同じで、加減を手に感じることができます。
そして自分が、いい歳をして遥々オーストリアにまでやって来て、一体何がしたかったのか、改めて意識し直しました。
プリンセスは、なかなか見せては貰えない「偉大なワインメーカーの頭の中」を身近で覗くチャンスが欲しかったのです。そして、何か小さなきっかけからでも、ワインメーカーの頭の中と自分の頭の中をシンクロさせて、その様子を書き手として皆さんにお伝えしたかったのです。別の言い方をすれば、オーストリアの偉大なワインメーカーのプロファイリングがしてみたかった : )のです。
発酵が盛んな時期にはかなりの重労働。若い男性でも、そう続けてできるものではありません。
そのための共通言語として、自分のモノにしておかねばならないこと(歴史、文化、言語、各地方のワイン造り、栽培農家の現状、各畑の特徴…)の多さと深さを垣間見て、ちょっとイッパイイッパイのプリンセス…。
けれど、こういう本質的な問題に思い至らせてくれるセラーや生産者は、そんなに多くはありません。
巡り会えた幸運に心から感謝します。今一度、ありがとう、ローラント!!

それにしても、偉大なワインは、偉大な畑と偉大なイメージによって造られるものであり、大仰な設備から生まれるものではないことが、はっきり証明されていて、痛快ですね!