2012年2月26日日曜日

エーヴァルト・チェッペ 中編: 畑とワイン

ただいま~! 今朝日本に戻って来ました!
さて、早速エーヴァルト・チェッペ情報の続きです。
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エーヴァルトは言葉を選び、非常に慎重に、また逆説的にモノを語る人です。

エーレンハウゼンからワイナリーに向かう車中、ワイン街道沿いに建設中のあれやこれやの建物を示しながら、「ここ20年あまりのシュタイヤーマークのワイン産業の発展は目覚ましく、お蔭で若い世代が次々に意欲的な挑戦ができるようになった」と説明してくれました。
一方で彼は、後のテイスティングで「ここ20年あまり、シュタイヤーマーク・ワインは間違った方向を目指してしまった」とも語りました。「全なる自然(彼の言葉ではNature as a whole)にフォーカスすべきなのに、ブドウ品種にフォーカスしてしまった」と。

確かに。プリンセスもシュタイヤーマークを執拗にソーヴィニヨン・ブランの産地に押し込めてしまうことに抵抗を感じていました。そこまではわかりやすい。
西南西側から畑を望む。手前の森の下方の向こう側の家がチェッペ家。その後方斜面が彼の畑
手前森後方斜面の畑 を南東側より望む、。下からEx Vero I, II, IIIの斜面がはっきりと視覚的に捉えられる。
けれど、皆さんは、品種 vs テロワール。つまり、当たり前のように「自然&伝統を尊重する生産者は品種個性よりテロワール個性を尊重し、テロワールを最も端的に象徴するのが、単一畑だ」と、考えていますよね? プリンセスも今まで、それを疑ったこともありませんでした
でも、エーヴァルトの場合、どうやらそれもちょっと違うようなのです。「あまりに多くの生産者が畑のテロワール、テロワールと言うけれど、ほとんどの単一畑ものワインはテロワールの味なんかしていない」と。そう言い放つ彼は、畑名の中に真実を見たり、畑間に優劣をつける「Erste Lage(やらGross Lage)」推進の動きとも、歩調を合わせません。だから、彼のワイン名に畑名は入っていません。

ここら辺は穿った見方も可能です。
シュタイヤーマークのスター、ソーヴィニヨン・ブランは貝殻の出る石灰土壌(太古の浅い海)で、最もその透明感のあるピュアな果実味を魅力的に表現します。石灰の多い砂地(太古のビーチ)でもサラサラと品の良い綺麗な果実味になります。けれどムスターやヴェルリッチ(=Ewald Tscheppeのワイナリー名)のあるオポーク土壌(深い海の底)では、抜けの悪いドン臭い持ち味になりがち
いやいや。その傾向は、シャルドネだろうが、ヴァイスブルグンダーだろうが、ヴェルシュリースリングだろうが、五十歩百歩
石灰分が多ければまだしも、だから粘土質の多いオポーク土壌に、いわゆる銘醸と呼ばれる畑は存在しません。彼の持つ8haの畑はほぼ一面に見渡せるひとつの大きな丘にありますが、そこは地区名はあっても、畑名のない斜面なのです。
以上も背景として知っておくべきでしょう。
山小屋風の家屋&ワイナリー

ニコライホーフの菩提樹同様、この木の周辺にはいい気が漂っているような…
 それにしても、では、彼の目指すところは何なのでしょう?
「命の味がするワイン」だそう。命の味とは「土或いは腐葉土の味」腐葉土の味は「どのようにミミズなど土中生物が植物を食べたか」を反映するそうです。…う  ん  ち の味かぁ…
うへ、不味そう…
もとい
そうなるように「自然が機能する状態を保持」することを心がけます。自然を「フィックスする」のではなく、「自然が何かを為すことのできる状態」にしておく。「今日人間がしているように、自然を利用することを控える。自然を侮辱しない」こと。そうすれば「本当のワイン、特定の市場を対象にしたワインではない、オリジンを宿したワインになる」、というのが彼の考え方。「自然以上に何かを上手く為すことのできるものは存在しない」と言っていました。
Vero Iの畑。彼の考えでは、新梢が上を向く仕立てはヴェジテーション: 成長にエネルギーが向けられ、
このように下に向く仕立は、ジェネレーション: 子孫にエネルギーが振り向けられる。
Vero IIの畑。I-IIIまで、全てこの 1.8mくらいはあろうか、という  高い仕立。
Vero Iの50年程度の古木。父の代から化学肥料、除草剤、殺虫剤は一切
非使用だったため、ビオへの転換は他ワイナリーほどには無理がなかったかも、と言う。
さて、彼のワイン。普通の(…といっても味わいはかなり個性的な)ワインと、果皮とともに醸した、通称「オレンジ・ワイン」があります。
普通のワインにはEx Vero I, II, IIIがあり、I: 斜面下部、II: 斜面中部、III: 斜面上部からのブドウを用い、年により比率は変わりますが、大体ソーヴィニヨン・ブラン主体に、最大で半分近くのシャルドネがブレンドされます(ムスターのようにCo-fermentとは言っていなかったような…)。Iは発酵&熟成の全ての過程を大樽で。II & IIIは、発酵は新樽を含む小樽で、熟成は大樽で行います。
セラー。「整然と」とはお世辞にも言えません…
Ex Vero I 09
うーん、正直、美味しいとは言い難い。特に酸が妙。酸化しているのだか、揮発酸が高いのか(でも亜硫酸は添加している)、生々しいのか、鮮度を欠くのか、それすら判断に困る。エーヴァルト自身、あまり今いい状態にないことを認める。

Ex Vero I 08
ノーズに白カビとオレンジ。09より味わいのバランスもいい(妙な酸の存在が気にならない)。エーヴァルトによれば、まだボトリング前の亜硫酸添加(total 60mg/l)の影響下にあり、かなり閉じた状態だと。その割にstructureは前者より柔らかい気がする。

Ex Vero II 08
より香りも味わいも締りが出て、ミネラル感と軽い蜜的余韻がある。Iより長い。
…ここでプリンセス、彼のワインがひと口目とふた口目で、味わいが常に変化していることに気づく。ひと口目は、やはり酸が「おや?」だし、味わいもつかみどころがない。ふた口目になると、より果実味が捉えやすくなる。何故だ?

Ex Vero III 08
伸びのいい柑橘系の香り。酸にもより勢いがあり、ミネラルも豊富。やや神経質ながら長い余韻があり、1, 2年待てば良くなりそう。

Ex Vero II 07
柑橘とミネラルのいいバランス。最初フィニッシュが単調だと思ったが、時間とともに、オレンジを感じさせるいい余韻が出てくる。エーヴァルト曰く、暖かい年だったので「いいハーブの香りが出ている」とのこと。ハーバル=青い系ではなく、フレッシュ・ハーブのような繊細さと味わいの深まりを意味しているようで、ブルゴーニュ(の場合、樽由来の場合が多いそうだが)にもよく感じられるニュアンスとか。

Ex Vero II 06
香りが量的に足りないし、ホコリっぽくで冴えない。味わいも何かそっけなく、痩せたストラクチャー。余韻もさっぱり。彼曰く、06は一年を通して温度のアップ&ダウンが激しく、常にブドウは小さなストレスに晒されていたため、ワインにトラウマが残っているのだとか。「多少の酸化的ノーズは、ワインが次のステージに移るサインなので、変化に期待している」そう。

☆Ex Vero III 06
ノーズにミネラルと、いい意味でのオイリーさ。「これは開いているね」とプリンセスが言うと、「今日になって初めて、このワインがチャーミングな顔を見せた」と彼。つい最近までガチガチに閉じていたそうだ。今まででのワインの中で一番伸びのいい酸があり、暖かい果実味と漢方薬のような風味が共存。余韻も長い。
シャイなのか、カメラを向けると目を伏せてしまうエーヴァルト。
ピント合ってませんが、これは比較的「開かれた」表情。
Werlitsch 08(上の写真のワイン)
ふたつあるオレンジワインの、こちらは大樽で熟成させた方。よりはっきりと今までのワインにもしばしば感じた漢方薬のような香りが出る。オレンジワインならではの、タンニンがワインを喉元に呼び込む感覚。実際のアルコール分(13%)よりずっと強く感じる酒質。長い余韻。
この個性に慣れてしまえば、ある意味とても分かりやすい味わい。…ん? でもそれって、オレンジワインの個性であって、テロワールワインとは言い難いような…

もうひとつのオレンジワイン=土中の甕で寝かせたエアデ Erdeは、1本だけ07を購入して来ました。Ex Vero III 06とともに13日銀座ヌガでのパーティに持参予定ですので、お楽しみに!
今オーストリアで流行の「オレンジ・ワイン」
☆Ex Vero Suess
抜栓後1ヶ月以上経ったワイン。でも茶色はそのせいではなく、最初からこういう色、とのこと。
驚くほど強いカビ的貴腐香。ウースターソースのように濁った香りてっきり悪玉貴腐の仕業だと思ったが、口に含むと味わいは綺麗。意外なことに、ミネラルと高い酸でスルスル飲ませるタイプ。それもそのはず、残糖は265g/l、酸は12.5g/l!! 香りと味わいの落差は一体何?

プリンセス、エーヴァルトのワインを飲んでいて、セップ・ムスターのワインを最初にテイスティングした時の困惑を思い出しました。テイスティングをしている間中、ワインの味わいが変わるのです。それをポジティヴに捉えるか、ネガティヴに捉えるか。人間だって色々な表情を見せるのだから、ワインもそうあって当然、とみるか。ワインにはいつも一番いい微笑みを絶やさないで欲しいと思うか。従来的「美味しさ」を求めれば、後者でなくては困りますよね。

まあ、そんな訳で、いちいち自分のワインとの向き合い方、味わい方を試されるような、他ワイナリーでのテイスティング とは全く異なるゆさぶられ体験をすることになります。

それにしても、彼やムスターの、ふた癖も三癖もある味わい(オレンジ・ワインでないEx Veroラインでも)が、栽培&醸造のどの段階のどういう技法によって造られるのか。他の、香りや味わい的にもっとキレイで、プリンセスにも馴染み易い自然派の生産者達(ニコライホーフ、ロイマー、ヒルシュ、ガイヤーホフ、シュトローマイヤー他)と、一体何がどう違って、こういう個性が形作られるのか…
今回の慌ただしい訪問だけでは、まだまだ不明な点ばかりなので、春にまたシュタイヤーマークを訪れる際、再び深堀りしてみたい、と思っています。

この後、彼の醸造学校時代の友人と3人で、超僻地の不思議なレストランに向かいました。
明日はそのレストランと車中でのエピソードをお送りする予定。