プリンセスは複数のワインのプロ、そして起業を考えるOLなどから、「日本でホイリゲをやりたい」という話を聞いています。
そんな話を聞くたびに、「ではあなたはホイリゲの何を日本でやりたいのですか?」と、訊ねたくなります。
ホイリゲ Heurige.....これには今年のお酒=最新ヴィンテージの若いワイン、という意味と、ワインを造る農家が自家製の食事と自家製のホイリゲを出す酒場、という二つの意味があることは皆さんご存知ですね。
日本では「新酒」と訳されたことで、ボジョレ・ヌーヴォーのような収穫直後に飲む、季節風物詩的イベント酒と誤解されていますが、本来、今年の11月11日に出たホイリゲは、来年の11月10日まで、1年間にわたってホイリゲなのですよ。別の言い方をすれば、ホイリゲでは一年中ホイリゲを飲んでいるわけです。季節限定モノではないんです。
また、ホイリゲ(酒場)をバルと同列に語るヒトが多いのですが、バルに近いのはむしろカフェかバイズルでしょう。本来、自分の畑のブドウを用いた自家製ワインと自家製の食事だけを供するのがホイリゲ(そしてブッシェンシャンク:こちらは宿つき。ただの宿つき居酒屋はヴィルツハウス)で、ワインが自家製でなければホイリゲ(酒場)とは呼べません。
ウィーンのホイリゲが観光地化し、自家製でないワインを出す“なんちゃってホイリゲ”が増えたことも、誤解に拍車をかけています。
そういう訳で、ワイナリーにホイリゲ(酒場)がなければホイリゲ(ワイン)は存在しません。だからウィーンやテルメンレギオンなどホイリゲ密集地やシュタイヤーマーク(”ユンカー”という名称で公的に商品化)など特別な地域を除いて、世界市場を相手にする一線級のワイナリーはホイリゲを造りもしないのが普通。仮にホイリゲ(酒場)があったにしても、自分のホイリゲ(酒場)でサーヴする分しか造らない。ボトリングして他の場所に出したが最後、それはもはや本当の意味でのホイリゲではなくなってしまう、と言ってもいいでしょう。
「うるさいこと言いなさんな」という声が聞こえてきそうですが、プリンセスは文化の魂を抜いて、その記号符牒、或いは上っ面だけを日本へ持ってくることに、何かどうしても違和感を感じます。
気高い血筋の成せる技か: ) ?
ならばむしろ、文化の魂&エッセンスを我々なりに翻案し、日本の文化風俗に適応するカタチを模索創造した方が、その本当の良さが永く定着するような気がするのですが。
「新モノ」「ハシリ」の大好きな日本人。ホイリゲ(酒場)を持つワイナリーに、特別に自家用を瓶詰めしてもらい、輸入するのも悪くないでしょう。ホイリゲ・イベントを通じ、もっとオーストリアワインを知ってもらうのも、取っ掛かりとしてはいいアイデアです。オーストリアワインや、オーストリア風のつまみのあるパブやワインバー、カジュアルなレストランを“ホイリゲ”と呼んだからと言って、別にクレームもつかないでしょう。
そもそも、ブドウ農家にとって、「ホイリゲ」という特別カテゴリーのワインが存在した訳でなく、単一畑や遅摘みなどの特別なワインではない、その家の最もベーシックなワインを毎年「ホイリゲ」として農作業の片手間に(町内持ち回り制で週3日ほど)振舞っていただけの話。なので、今やワイン造り専業となり、ワイナリーにホイリゲ(酒場)を併設しないほとんどのニーダーエスタライヒの一線級ワイナリーにとっては、そのワイナリーの最もお手軽なワイン(i.e.,ヴァッハウならシュタインフェーダー、ヒルシュのトリンクフェアクニューゲンやお城ワイナリーのドーメネ・ゴベルスブルク、ヒードラーのレス・テラッセン、ユルチッチのグルーヴェ、マルクス・フーバーのフーゴ etc、或いは1リットル瓶を残しているところはそれ)が実質的「現代版拡大解釈ホイリゲ」である、と捕らえていただくのが、より実態に即した理解だと思うのです。
…そう考えていて、フと気づきました。もしそのようにホイリゲ(ワイン)とホイリゲ(酒場)を拡大解釈するならは、日本には既に、伝統的にホイリゲ(ワイン)とホイリゲ(酒場)が、全国的に溢れかえっています!!
そう、日本酒って基本的に次の年のお酒が出るまでに飲みきる「ホイリゲ」なんです。その日本酒を飲む「居酒屋」は、だから「日本版ホイリゲ」に他なりません。『凝ったつまみなんかないけれど、素材は地場のものだけで新鮮』みたいな大衆酒場なぞ、モロにスピリッツはホイリゲそのものだと思うのです。
だからプリンセスは、日本の居酒屋には、本来オーストリアの軽めの若飲みワインが定着する素地があると見込んでいます。我々は庶民レベルで「同種の」酒飲み文化を最初から共有しているのですから!
魚介や野菜中心の店であればお手軽価格のグリューナーかヴェルシュリースリング、或いはヴァイスブルグンダー(=ピノ・ブラン)。焼き鳥やモツ煮にはツヴァイゲルトが最高。お腹の膨らむビールやサワー、風味の強い乙類焼酎より、間違いなく食が進むと思います。
行きつけの飲み屋のマスターに、是非教えてあげて下さい : )。
あ、蛇足ですが、ホイリゲでは生でない音楽(CDやラジオなどのBGM)はご法度。シュランメルと呼ばれる大衆音楽(パリのシャンソンに当たる音楽、とでも言いましょうか)を複数人で奏でるのが正調とされています。
東京の"なんちゃってホイリゲ"では、いかにも「美しき青きドナウ」或いは、「こうもり」かなんかがかかっていそうでアタマが痛いので、ここは原理主義者として : ) 釘をさしておきます。
そして最後にもうひとつ、一番大切なこと。
ホイリゲの真髄は真から極小単位の地産地消。“ホイリゲ”ビジネスを真剣に考える全てのヒトに、そのスピリッツを異国日本でどう翻案再現するのか、よおく考えて欲しいと思います。