2012年9月19日水曜日

ドルリ・ムア, “ストーリーテラー・オヴ・ワイン” その3 逆説的ワイン造り

さて、随分間を置いてしまいましたが、ドルリ訪問記最終回です。
「オデブのドルリは削除して」と私の撮った写真に本人からクレームが :)
「じゃ、代わりを送って」と返信したら、送ってきた写真がこれ。
アンフォラ到着で興奮した後、ドルリと新ワインメーカーのカティとともに、収穫間近の畑をざざっと見て回りました。彼女の所有畑、そしてリース畑の全てが広義のシュピッツァーベアク(シュピッツァー・ベアクの丘の周辺)に存在します。

最初に見たのは小石の多い土壌の完全な平地にある借地畑で、GV、リースリングに数列マスカットが入り込む面妖な植え方。色々な区画からブドウをつまみ食いしては熟度と味わいを確認していきます。うーん、一応甘さはあるけど、なんだかのっぺりとどうでもいい味わい。それをドルリは「ストーリーがない」と評しました。もっと待って風味の成熟を待つべきか、この暑さの中、むしろ酸の低下の方を心配すべきか、ちょっとドルリも迷っているよう。

続いて同じ平地ですが、もう少し砂がちな土壌のやはり借地畑のグリューナーをつまみます。ああ、こちらの方が立体感のある味わい! 糖も酸も高いのでは? …とドルリと話していたら、やはり計測結果はその通り。ここはもう2,3日で収穫すべきと判断したようです。

ところで、我々の見て回ったドルリの白品種の借地畑は、プリンセスの目にも明らかに除草剤を使っていました(その場でドルリにも確認済み)。こういうワールドクラスを目指す生産者が、しかもヴァッハウのような特殊な立地条件でもないのに、数ある農薬の中でも最も生態系に重篤な影響を及ぼすと言われる除草剤を使うというのは、プリンセスのご近所(=カンプタール)においては非常に稀なこと。しかも新ワインメーカーがビオディナロジックのグル、アンドリュー・ロランド夫人ですから、プリンセスの頭の中で益々不協和音が増長されます。

はは、こんなこと書いたらドルリに怒られちゃうでしょうかね?
でもわざわざ書いているのは、そこにもっと見るべきものがあったからです。

彼女の畑は、今年プリンセスの見たどの畑より律儀にグリーンハーヴェストがなされていました誘引や除葉も実に完璧です。
なのでプリンセス、その辺りの真意をドルリに質してみました。

思えばドルリは、最初にワイナリーを訪ねた2009年以来ずっと「まだビオロジックでもビオディナミでもない」という言い方をしています。「私は畑作業を他人に任せなければならないのだから、作業をする労働者の同意・共感が得られないと何もできない無農薬にしても、ブドウを低く仕立てることにしても、そう簡単には無理。時間が必要。」なのだそう。

「ふうん、作業者の同意かぁ。かつてヴィリー・ブリュンドゥルマイヤーもビオディナミを結局採用しなかった理由として同じことを言っていたっけ」と思い返していると、主要畑のブドウチェックを終えた車中、ドルリがその『作業者』の親分であるハンスに電話をしています。
15分以上「あそこの区画のグリューナーはこんな糖度でこんな味わいで、どこそこの区画のシャルドネは今すぐにでも摘みたくて、ブラウフレンキッシュのどこそこはあと少しだけれど、斜面の上部はあと10日から2週間…」といった具合に詳細に状況を説明し、ハンスの意見を聞くだけでなく、収穫前にハンティングを楽しむハンスに対し「今日は何を獲ったか、夕食に食べるのか…」そんな話から、プリンセスの語学力では理解不能のジョークで大笑いまで、実に親密な雰囲気で会話が弾んでいます。

丁度いいので電話の直後に尋ねてみました。

プリンセス:ハンスってものすごくコンサバで、だから農法もコンヴェンショナルじゃなくちゃダメとか?
ドルリ:うーん、彼は全く違う世界の人間なのよ。老農夫だから。一見ガサツだし、話すと最初は怖いと思うかも知れないけれど、とても神経が細くて、いつもやっていることを褒めてあげなくては不安なヒトなの。彼の畑仕事は完璧だし、それをちゃんとクチに出して言ってあげないと、何か畑仕事に不備があったのかと心配するの。だから、彼が育ててくれたブドウから造ったワインが、世界的にどれだけ素晴らしい評価を得たか、ちゃんと説明してあげるのね。それはそれは誇りに思ってくれるのよ。色々なワインも一緒に飲んで、テイストもちゃんと向上して来たは。最初はとにかく果実味も濃くて、新樽もタンニンも強ければ強いほどいいと思っていたみたいだけれど、今ではウヴェ・シーファーのようなエレガンドなワインを好むようになったし。
なるほど。綺麗に草を刈って(除草剤を撒いてでも)、ブドウに十分光を与えつつ、強い日差しからは守るようなリーフワークを丹念に行い、必要以上の数のブドウの房は律儀に落として(この辺もおそらく大層な時間をかけて、教育したんでしょうね)こそ完璧な畑仕事…と考える頑固な老農夫に、生態系かどうの、神智学がどうの、宇宙エネルギーがどうの、と言っても話が噛み合うはずもありませんドルリは彼の農夫としての誇りを頭から否定するようなことをするのを憚っているのだ、ということが初めてプリンセスにも理解できました。それにしても、細やかな心遣いです。

そう言えばワイナリーに向かう車中、ドルリはワイン生産者の、特にワインメイキングだけでなく、ブドウ栽培者も含めたサステイナビリティーの問題について語っていました。カルヌゥントゥムではもっとブドウが高く売れなくてはまともなブドウは作れない。まともなブドウができなかったら、地方としていいワインを造り続けられるはずはない、と。
つまりドルリは、そんな状況下、今彼女が負担できるコストで望み得る最高の畑仕事の方を、無農薬やビオディナミというポリシーや教義よりも優先させたということです。一挙に高コストのブドウ栽培をし、ワイン自体の質に見合わない高い値段でワインを売らねばならない状況に身を置くのではなく、コストを抑えた中でできるだけ質の良いワインを造ることで市場での基盤を作り、ワインの価格や収益が質に追いついたところで、哲学の実践を少しずつ目指そう、という姿勢です。そこには、農法と畑での実作業のどちらがどのようにワインの味わいや質に影響するか、また農法と品質のどちらが市場で力を持つのかについての経営者としての冷徹な読みが存在します。

ああ、真の意味でのタフで実践的天才的マーケター、とプリンセスはため息をつきました。
これがシュピツァーベアク。カラッカラな感じがわかりますよね。
土壌は石灰。ただしアルプス山脈ではなく、カルパチア山脈由来。
彼女がワイン専門PR会社社長として大成功を収めつつ、自分のワインまで話題にしてしまうことに対するやっかみか、彼女のワインについて「宣伝上手だから高く評価される。売れる」と、見下したような発言を憚らない生産者を私は知っています。そういう生産者に限って、また一方で、ビオディナミの生産者のことも「ビオはマーケティング」と、一刀両断に切り捨てるのです。

どちらも元マーケティング・プランナーのプリンセスに火をつける発言だぁ!

本当のマーケティングとはおそらく、マーケットにおいて自己の哲学を貫くための道筋をつける(=ストーリーをつむぐ)ことです。大金を投じてちゃらちゃらイベントを打ったり、おべんちゃらセールストークを並べ立てることとは違うのです。
「悔しかったらドルリのような筋の通ったマーケティングと、その品質で他人を納得させるワイン造りをあなたもしてごらんなさい。」と、そしてまた「ビオがそんなにお手軽なマーケティングなら、あなたも実践したらいかがですか?」と、プリンセスはそういう生産者には言ってやりたい!!!
種が透けて見えるのは成熟のサイン
…おっと、話が脱線してしまいました。

もちろん、ドルリの持ち畑である、正真正銘シュピッツァーベアクの丘の畑も見て回りました。誤解なきよう書いておきますが、純粋なシュピツァーベアク畑には植樹の時点から一切農薬を使っていない実験区画(ここでは自根と台木使用の比較もされている)が存在するばかりでなく、他のシュピッツアーベアクの自社畑においても、、借地畑のようないかにもな農薬使用の痕跡は認められず、ブドウの味わいにも無農薬区画との有意差は認められませんでした。

シャルドネは既に見事に熟し、メルロ―は早い話「僕はここじゃないよー」っていう味わい。ワインも彼女の造る赤の中では一番しっくり来ない…と思っていたら、既にメルロは、キュヴェとポート・タイプのワインに回す方針だそう。
メルロ。下のブラウフレンキッシュと比べると、不適応が歴然 
それにしてもシュピッツァーベアクって、遠目にも、実際に足を踏み入れても、エラク土が乾燥しています。ドルリ曰くオーストリアのワイン畑の中でも最も乾燥した場所、だそう(通常でも400-450ミリ程度。この一年は350mにも満たないとか)にもかかわらず、灌漑はなし。例の樹齢5年の無農薬実験区画の畑にすら灌漑設備は見当たりません。「その降水量で、しかも若木でも灌漑はしないの?」と尋ねると、ドルリはニタっと笑って「ニーポートのディルクが灌漑したら、それってジョークにならないでしょ」と答えました。※本当は貧しいこの辺りではその設備すら用意できない、というのが真相でしょうが。
ブラウフレンキッシュはこの時点でまだまだ未熟。
収穫は10日から2週間後と予測。それでも味わいの力強さと複雑さはメルロとは比較になりません。
そして樹齢の高いブラウフレンキッシュの畑に差し掛かると、ドルリはこう語りました。「知識も経験もない私のワインが結構高い評価を受けたのは、私には会社もあって、始めた頃はポルトガルに住んでいて、今は娘の世話に手がかかって…、だからいつも遠隔操作しかできなくて、お蔭で要らないことにまで手が回らない、限りなくブドウ栽培も醸造も放っておけるところは放ったらかしだったことが、きっといいワインになった理由だと思うの。」
古木のブラウフレンキッシュ。
最初から実数が少ないので、グリーンハーヴェスト不要。
その一方で、さらにブドウをつまみつまみ、ドルリはこうも説明してくれます。「こういう少し萎んでいるのやレーズン状に乾いた実は、全部外すの。普通は気にしないし、却って味わいがリッチになるので好む生産者すらいるくらい。でも入れたらクールな風味にならないってことは、熱いポルトガルでエレガントなワインを造ろうと模索しているディルクから学んだのよ。ウチの収穫隊はそういうことをしっかり理解して完璧に、しかも迅速に仕事をしてくれる。」
手の影になってしまっていますが、少し萎んだブドウを外すところ。
彼女のワインのスタイルを決定するクリティカルな作業。
元夫ディルクの"熱さと乾燥の痕跡を完璧に排除し、エレガントなワインを造る”哲学と実践を深く理解した上で、それをクールネスの表現へと応用し、畑で、セラーで、マーケットで、押さえるべきところはしっかり押さえ、残りは極端な省力でブランドを確立しつつあるドルリ。

ワインメーカーとしての評価が固まっているとは言えない、アンドリュー・ロランド夫人カティの採用にも、おそらく彼女ならではの独自の鋭い読みがあるはずです。
あさってからあそこと、あそこ、10日後にあそこ。火曜は何人で収穫…
テキパキと話を詰め、車中で早速収穫クルーの手配を済ませます。
どんな展開がこの二人を待っているのか、その起点となる2012年ワインの出来が本当に楽しみ。

そして、ドルリの2009年のブラウフレンキッシュ カルヌゥントゥム(ブドウは全て自己所有のシュピッツァーベアクから)が、この秋から日本市場でもお目見えします!
ドルリの本気の詰まった逆説的ワイン造りの成果を、皆さんも是非お試し下さい。
そのコストパファーマンスの高さに、あなたは驚くことでしょう。