ワイナリーはいかにも実質的な作業小屋、といった感じ。
驚いたことに、私がレストランを後にした朝の2時過ぎにもイベントはまだ終わっていなかったにもかかわらず、既に母親ミカエラは自宅で客を迎え、ワイナリーでは父親ギュンターだけでなく、息子のヤーコブと長女(名前失念)で、ワインの出荷箱詰め作業をしています。頭が下がるとはこのことです。
仕事中と知っていて邪魔をする非礼を詫び、時間はあるのでいくらでも待てる旨を伝えると、長女が「でもウィーン行のバスは一日2本しかないから」とスマホで時間をチェックしてくれます。「10時59分と17時59分」だそう。ひえ、10時59分に乗らないと、今日中にお城に帰れませ~ん!
…それを知ると、ギュンター、作業を子供たちに任せて、すぐに私を車に載せ、家に向かってくれました。プリンセス、こういうとき自分の図々しさ、というか厚かましさにホトホト嫌気が差すのですが、ここに至って「いいえ、結構です。」と言ってみたところで、後の祭り…。
メインストリートから路地に入った左手の淡いブルーのドアが入口 |
故郷シュドオストシュタイヤーマークではなく、あえてメービッシュを選んだのは、ソーヴィニヨン・ブランだけではなく、赤もブルゴーニュ品種も貴腐も作りたかったからだということ、ワイナリーは20年前のスタート当初から一切農薬を使っていないこと、最初に買った土地は1haで、その後毎年少しずつ畑を買い足し、今は27haあまりにまでなったこと。最初の畑は古木で、それが品質に決定的な影響を与えたこと、土壌はローム、砂岩、シスト、石英など多様だけれど、サブソイルは所謂ライタゲビアゲの貝殻石灰とシストで(やっぱり!)、石灰といっても活性度は低く、ルストとの違いは、メービッシュには“ルスターショッター”と呼ばれる小石土壌は存在しないこと、などなどを手短に確認してから、本題に。
プリンセス「3年半前にあなたの赤ワインを飲んだとき、失礼ながらせっかくの素直な果実味が重たいタンニンで曇っているような印象を受けたのですが、今年Vie Vinumで飲んでみるとそれがなくなり、大きくスタイルが変わったように思います。タンニンの抽出について何かここ数年で変えた点はありますか?」
当然プリンセスが予想していたのは、マセラシオン期間を減らした、ピジュアージュの頻度を下げた、ピジュアージュ中心からルモンタージュ中心にした、セニエを止めた、発酵温度を変えた、フット・ストンピングを採用した、新樽比率を下げた(これは聞かずもがな)、などなどなのですが、答えはなんと"No"!
ええ? でも3年半前に飲んだファスプローベ(=バレルサンプル)のBF レームグルーベと、今年の5月に飲んだそれは全く別物でした。…納得行かないプリンセス。
するとギュンダーが、3年半前って09年の春? 飲んだヴィンテージは? と聞いてきます。
P: おそらく07。
G: ああ、だとするとヴィンテージのせいだ。とてもいい年だったけれど、タンニンがこなれるまで随分時間のかかった年だ。
P:うーんでも、そういうタンニンの量とか時間のニュアンスではなく…質なんです。重くて曇った…昨晩飲んだ97にもあったニュアンスです。
G: そりゃもちろん新樽の比率はあの頃から随分変わっているよ。
P:かつては新樽100%…
と言いかけてプリンセス、ハっと自分が答えの近くを掠めている直観に打たれます。
P: 新樽と言えば昨日のGV 2000は素晴らしかったですね。私はGVに沢山新樽をかけたワインが大嫌いな筈なのに、あれは新樽が沢山かかっているのに、とても美味しかった。前にテメントの同時期の新樽100%のツィアレッグを飲んだときには、やはり10年以上を経ているのに、焦げた樽香がありありで、いただけませんでした。
G: ああ、あのGV 2000年は新樽100%だけど、焦がしはほとんどなしなんだ。
ここまで来て、私が果皮からの「抽出」と思い込んでいたのは、焦がした樽由来のタンニンであることに2人してハッキリ気づきました。
G:そうだね。赤も新樽比率を減らしただけではなく、焦がしも最近随分軽くした。
P: ああ、なるほど、そういうことだったんだ! そうでなくても果皮のタンニンが強固で、しかも果実味にも力のある07に、新樽のタンニンと焦香がプラスされたニュアンスだったんですね! (対してこの春に試したヴィンテージはタンニンの完熟した09と弱めの10)
こういうのを正しく腑に落ちる、と言います。
所謂焦がしの強い樽に入れたワインは、白の場合はっきり焦げた香りが出ますし、赤でもコーヒーやらチョコレートのようなニュアンスが出て、わかる場合が多いのですが、非常にタンニンが多量かつ稠密で、しかも果実味が濃く深く力強い場合、白ほどストレートに焦げ香とは認識しづらい場合があります。
この辺で長女から「そろそろ行かないとバスに乗り遅れるわよ」と巻きが入ります。バス停はお宅のすぐ向かい。挨拶もそこそこにミカエラから「バスで食べて頂戴」とトラウベンシュトゥルードゥル(ブドウパイ)をいただき、停留所でバスを待ちます。
ところが、ギリギリの時間だったはずなのに、一向にバスは来ません。こういうときプリンセスは全く慌てないというか、どうせ遅れているんだろう、くらいに思っていたのですが、気が付けば目の前にギュンターが。「今日はお祭りだから、この停留所には止まらないのかも。僕の車に乗って」と促します。なんだか事情が呑み込めないまま、猛スピードで連れて行ってくれたのは、バスを先回りすること2つ3つ先の停留所。
シェーンベアガー家の皆さん、何から何まで本当にお世話になりました!
そしてバス&電車を乗り継いで、また4時間以上の長い帰路についたプリンセス。今度は昨晩遭遇したローラント・フェリッヒのワイン・スタイルについて、車中で色々考えを巡らせました。