2013年1月5日土曜日

ロージー・シュスター訪問記 その3 静かなるアンファンテリブル

この辺でプリンセスがハネスと回った場所を地図で確認しておきましょう。

アイゼンシュタット西北、ミュレンドーフが出発点。右下に連なるグロースヘーフラインを抜けてツァーガースドーフ、進路を北東に向けてStマルガレーテン。そして今、前方(=東)にノイジードラーゼーが見える地点までやってきました。※地図上緑線が行程。白抜き黒字が畑を見た地点。オレンジ下線がワイナリーのあるツァーガースドーフ。ライタベアクに沿って南北17-8km、東西5km強、ヴルカ川の南北に畑が散逸していることがわかりますね。

ここから今日はオスリップへ北上。最後にドネアスキアヒェンまで足を延ばします。

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さて。銘醸畑マリーエンタールやクレーフテンの上方にあたるRusterbergルスターベアクと呼ばれる辺りに彼は畑を購入。ブラウフレンキッシュとSt ラウレントが植えられています。畑で彼は、「下の方は土が重くて興味はない。St マルガレーテンの砂岩(ウィーンのシュテファン大聖堂はここの石切り場からの石材でできている)や、ルスターショッター(小石)土壌が目当てだ」と明言。
なるほど、マリーエンタール辺りは土が重過ぎて魅力はない、というのは、彼のワインのスタイルを知っていれば、あながち強がりでもないと理解できます。
これがルスターベアクにある畑。St.Margarethenの一部でもあります。
ここからまた少し山側に入り、北上した辺りの平地にヒンケンタールという小さな丘が現れます。砂がちな石灰土壌に植わっているのは樹齢62年のブラウフレンキッシュで、彼にとってはSt Margaretenで最もエキサイティングな場所なのだそう。 ブラウフレンキッシュ ルスターベアクの重要なソースがこの畑なのですね。

そして次はOslipオスリップへ。「伝統的にブドウをルストに売る土地柄だったので、こんなところにいい畑があるなんて最近まで僕も知らなかった」とハネス。…じゃあプリンセスが知らないのも当然か:)。この小高い丘は、南東向きの斜面は砂状石灰で、東側は原成岩。全く個性の違うワインになるとか。
写真を撮ろうとすると「あ、ここはまだ僕のやり方で畑仕事をしていないから」と。どういうことかと質せば、2009年から栽培はすべて有機にした中、ここはまだ所有者の意向で在来農法のままだそう。
これから有機に転換するオスリップのお宝畑
プリンセス、ワインのプロとしてワインは味わいで選ぶので、別に栽培方法が在来農法でも有機でもビオディナミでも、あまり気にしていないのですが、味わいで選んだ生産者が無農薬やビオであると切り出すと、何故かほっとする、というのか力づけられるというのか…。一挙に消費者目線になって「あー、よかった。応援してるよ。」という思いになるから不思議です:)

最後の畑、Donnerskirchenドネアスキアヒェンに向かう途中、シュッツェンSchützen手前の銘醸畑ゴルトベアクGoldbergを通り過ぎる際、ハネスが「西側の斜面はオーストリアを代表する白のトップサイトだ」と教えてくれます。そして涼しいドネアスキアヒェンもまた伝統的に白が優勢だった場所。
見事な南東向き斜面の連なる辺りで車を降りると彼は、「道路を隔てて下部には一切興味がない」と一言。上方も、道路から20mくらいは肥沃なので何も植えず、更に上の斜度のキツイ部分にStラウレントを植えているのだそうです。
ドネアスキアヒェンの斜面。ハネスの畑は中腹の斜度の高い辺りにしかありません。
道すがら、Stラウレントのこの辺りでの歴史を尋ねても、このブドウが特に一帯で一番古いブドウという訳でも、かつて特段多く植えられていた訳でもなさそうなことに、いまいち釈然としない思いをずっと抱えていたプリンセス。
ここまで来て遅巻きながら uh-huh! と妙に納得が行きました!

今日回ったライタベアク一帯は、この20年ほどで白赤比率の逆転の著しいところです。国内及び最大顧客であるドイツのニーズを背景に、かつて赤を熟させることが難しかったが故に白ブドウを植えていた畑で、収量を抑え、除葉を行い、さらに温暖化の助けもあって、今や赤が完熟できるようになっている、という変化がこの流れを決定づけています。
手前逆側遠方にNSSが望める立地。南東向き、風の強い急斜面。みるからに銘醸畑が連なります。
普通この辺りで畑を白から赤へ転換する場合、品質重視で伝統的赤貴品種であるブラウフレンキッシュにするか、多収量と楽な仕事を取るならツヴァイゲルトという選択肢になります。或いは個性×品質を求める多少エッジの効いた選択として、ピノ・ノワールを選ぶ生産者もあります。
ところがハネスは、ピノ同様早熟で、しかしピノほど健全果実の糖度が上がらず、この辺りに多い砂状石灰土壌で、香り高くクールでコンパクトな、冷涼産地オーストリアらしい風味を放つStラウレントに注目。
ブラウフレンキッシュの地にエアポケットのように植わるこのブドウの古木を残すとともに(ほとんどツヴァイゲルトに植え替えられており、この試みはかなり苦戦)かつて白が植えられていた畑を狙い目に、Stラウレントの優良セレクションを植えているところなのです。

なーんだ、だったら最初からそう言って畑を見せてくれればいいのに…とも思いましたが、おそらくハネス自身、最初から意図的にやったこと、というより、ヤギーニ・プロジェクトで体得した理想形を自分なりに翻案しようと、様々な古木畑や優良リース畑の栽培にかかわったこの5年ほどの間の、気づきの積み重ねが、結果的にそういう品種&畑選びになっている、というに過ぎないのでしょう。

それにしても、見事な逆張り能力ではありませんか! 

こういう独自のヴィジョンを導き出す能力を、ヒトは“才能”と呼ぶのです。そして、こういうヒトによって、新たな伝統はカタチ作られるのです、